今年の9月、新幹線の運転士が運転中に運転台に両足を乗せている写真がツイッターに投稿されました。運転していたのは16両編成の「こだま653号」。当時、乗客は約320人、時速は200キロだったそうです。
JR東海は「今回の事象は、東海道新幹線の運転士としてあってはならない行為であり、極めて不適切であります。厳正に対処いたします」と発表しました。厳正な対処の中身はわかりませんが、仮にJR東海が、その気になったら、この運転士を懲戒解雇にできるのでしょうか。
■懲戒処分を実施するための二つの条件
「懲戒解雇」は「懲戒処分」のひとつ。従業員が企業のルールやモラルに違反した行動をとった場合に課される「制裁罰」です。懲戒処分には、「始末書の提出」「減給」「出勤停止」など、違反の度合いによって様々な種類があります。中でも最も重い罰が「懲戒解雇」となるわけです。
実は懲戒処分をすることは、そう簡単ではありません。
「会社が、従業員に対して懲戒処分をするためには、まず、就業規則で『懲戒事由』と『懲戒処分の種類』が定められていることが必要となります。」と答えてくれたのは、桜丘法律事務所の大窪和久弁護士。
明らかにおかしなことをされても、就業規則で定めていなければ、従業員に対して制裁罰を課すことはできません。
「仮に就業規則上の根拠があったとしても、常に懲戒処分が認められるわけではないんですよ。」(大窪弁護士)。
理由としては、労働契約のルールを定めた労働契約法第15条で、「懲戒が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない時は懲戒権の濫用として懲戒が無効となる」と定められているからです。従業員の行為が「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」に該当するかどうかを証明するのは、極めて難しい作業だといえるでしょう。
■今回の行為だけをもって懲戒解雇とするのは難しい
「特に懲戒解雇の場合、本人の意思に関係なく仕事そのものを奪うものですし、退職金の不支給も伴うことが一般的。ですから訴訟においても、他の懲戒処分に比べて懲戒権の濫用にあたるかは慎重に判断されることになります。」(大窪弁護士)。
このような懲戒処分をめぐる環境を踏まえると、新幹線運転士の行動はどうでしょうか。新幹線は自動運転なので、運転士が足を乗せていたところで、危険性はほとんどないのではないか、といった意見も一部ではあります。仮にそうだとしても、乗客に不安を与える行為として社会に与える影響も大きいことから、軽く見ることはできないという意見もあります。
「過去の裁判例に照らせば、今回の行為だけをもって懲戒解雇処分にすることは懲戒権の濫用とされる可能性が高いでしょう。ところで、運転士の行為の良し悪しはさておき、懲戒処分に関しては労働契約法第15条で守られていることは覚えておいて下さい。仮にご自身が懲戒処分を言い渡されたら、従う前に労働規約と労働契約法をチェックしましょう。」(大窪弁護士)
*取材協力弁護士:大窪和久(桜丘法律事務所所属。2003年に弁護士登録を行い、桜丘法律事務所で研鑽をした後、11年間の間、いわゆる弁護士過疎地域とよばれる場所で仕事を継続。北海道紋別市で3年間、鹿児島県奄美市で3年間公設事務所の所長をつとめたあと、再度北海道に戻り名寄市にて弁護士法人の支店長として5年間在任。地方では特に離婚、婚約破棄、不倫等の案件を多く取り扱ってきた。これまでの経験を活かし、スムーズで有利な解決を目指す。)
*取材・文:ライター 竹内三保子(編集プロダクション・
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