今年8月末、和歌山市内で、建設会社社員4名に発砲して逃走し、その後、17時間にわたって近くのアパートに立てこもる「和歌山発砲立てこもり事件」が発生しました。逃走中は2丁の拳銃で発砲を繰り返し、最後は自らを撃って自殺をはかりました。
住宅街には何度となく銃声が響きわたり、事件現場付近の住民は強い恐怖を覚えたに違いありません。仮に、そのことが原因でPTSDになったとしたら、何らかの保障はあるのでしょうか。ちなみにPTSD=Post-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)は、心的外傷体験による不安障害の精神疾患です。
■損害賠償の請求先は自殺した犯人の相続人に
実際は、PTSDに当たるかどうかの診断基準の1つに、強烈な恐怖体験(心的外傷経験)があるので、「人質にされた」くらいの恐怖体験でなければ、PTSDと診断されるのは一般には難しいでしょう。ただし、判断者によって結論が異なることはままあるといわれています。
「仮にPTSDだと診断された場合は、原因をつくった犯人に対して損害賠償請求が可能です」と話すのは、和田金法律事務所の渡邊寛弁護士。PTSDになったことで生じる損害には、治療費、休業損害、労働能力の一部喪失による将来の逸失利益、慰謝料等があります。
もっとも、この事件では犯人は自殺しているので、損害賠償債務は、「犯人の財産」と一緒に「犯人の相続人」に相続されます。すると、被害者は「犯人の相続人」に対して損害を請求できるようになるわけです。ただし、法定相続人全員が相続放棄をすれば、「損害賠償債務を承継した人」がいなくなるので、被害者は、誰にも損害賠償請求をできなくなります。
■法的には家族は犯人に対する監督責任を負わない
一方、犯人の家族の監督責任を問う人もいるでしょう。しかし、法的には、犯人の年齢や状況などいくつかの例外を除いて、家族は、家族の他のメンバーに対する法的な監督責任を負いません。ですから、犯人の家族に法的責任として損害賠償請求をすることも基本的にはできないのです。
被害者が加入している生命保険や傷害保険の中には、こうした損害を補償してくれるものもあります。それもなければ、被害者は損害の補償を受けられないことになります。仮に犯人が存命だったとしても、犯人に十分な資産や収入がなければ事実上補償は受けられません。
こうした犯罪被害者の損害の回復の問題は、PTSDに限りません。そのため、故意の犯罪行為によって、亡くなったり負傷したりした場合の公的な補償として、犯罪被害者等給付金という制度があります。PTSDのような精神疾患もその対象になります。
「もちろん、事件現場の周辺住民との関係で、PTSDに故意の犯罪行為(傷害罪)を認めるのは難しいように思いますが、理屈からすれば認められる可能性はあります。」(渡邊弁護士)
一方、仕事中や出張中で、現場近くにいた場合は労災認定は受けられるのでしょうか。
「精神障害の労災認定においては、心理的負荷の評価に基準が設けられており、その一つに『悲惨な事故や災害の体験、目撃』という基準があります。立てこもり事件の現場近くにいたことは、その類型に近いと考えられますが、直接犯人と対峙したわけでも、発砲されたわけでもない間接的な体験なので、多くの場合、労災認定は難しいでしょう。」(渡邊弁護士)
*取材協力弁護士:渡邊寛(和田金法律事務所代表。2004年弁護士登録。東京築地を拠点に、M&A等の企業法務のほか、個人一般民事事件、刑事事件も扱う。)
*取材・文:ライター 竹内三保子(編集プロダクション・
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