政府は現在取り組んでいる「働き方改革」の中で、労働基準法を改正し残業時間の上限を定めようとしています。これは長時間労働によるうつや過労死などの対策として期待されています。
上限を繁忙期も含めて年間720時間、月平均60時間とする方向で調整に入ったと報じられていますが、この問題について、桜丘法律事務所の大窪和久弁護士に伺いました。
■これまで上限ってなかったの?
現在の労働基準法では、「1日8時間」「週40時間」と労働時間の上限を設けています。しかし、労使の間で同法36条に基づく協定(通称36<サブロク>協定)を結べば、「月45時間、年360時間以内」の残業が認められることになっています。
この協定ですでに「月45時間」と定められているのにも関わらず、今、上限を定めようとしているのはなぜなのでしょうか?
「36協定では、臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合に備えて特別条項を定めることができます。この特別条項を定めることによって長時間の時間外労働をさせている使用者が多いという実情があります。こうした実情に鑑みると、残業の上限を定めることは必要であると思います」(大窪弁護士)
特別条項では、年6カ月までは残業の上限がありません。この特別条項によって「月45時間」は形骸化し、事実上は無制限に残業できる状態になってしまっているのです。
現在は長時間の残業をさせても企業への罰則がないようですが、改正案では過重な残業には企業に罰則を設ける方向だそうです。どのような罰則が考えられるでしょうか?
「現行法では、法定労働時間を守らずに働かせた場合の罰則が6カ月以上の懲役または30万円以下となっています(労働基準法119条)。これよりも重い罰則となるのではないでしょうか」(大窪弁護士)
■過剰な残業で不利益が生じたら?
ところで、上限を超える残業による不利益があった場合、社員は会社を訴え損害賠償などを請求することは可能なのでしょうか?
「使用者が労働者に上限を超える残業をさせている場合、加重労働による心理的負荷等を過度に蓄積させて労働者の心身の健康を損ねないようにするという安全配慮義務違反が問題になります。
いわゆる電通事件(平成12年3月24日最高裁判例)では、過重な業務負担により労働者がうつ病にかかり自殺した案件で、会社の安全配慮義務違反を認め損害賠償を認めています。
自殺にまで至らない場合でも、加重労働によって精神疾患になったということで慰謝料請求を認める裁判例は多々あります。会社が上限を超える残業をさせる場合、残業代の問題だけではなくこうした損害賠償の問題も生じることは考えておくべきでしょう」(大窪弁護士)
労働契約法第5条では、使用者は労働者の安全と健康を確保するために必要な配慮をすると定められています。この配慮がなく不利益が生じた場合、労働者は損害賠償請求することができるのです。
政府は、残業時間の上限設定について年度内に原案を固めたいとしています。長時間労働の是正は、過労死やうつなどを防ぐだけでなく、生産性の向上やワークライフバランスの充実などの効果があると期待されています。
*取材対応弁護士:大窪和久(桜丘法律事務所所属。2003年に弁護士登録を行い、桜丘法律事務所で研鑽をした後、11年間、いわゆる弁護士過疎地域とよばれる場所で仕事を継続。地方では特に離婚、婚約破棄、不倫等の案件を多く取り扱ってきた。これまでの経験を活かし、スムーズで有利な解決を目指す。)
*取材・文:フリーライター 岡本まーこ(大学卒業後、様々なアルバイトを経てフリーライターに。裁判傍聴にハマり裁判所に通っていた経験がある。「法廷ライターまーこと裁判所へ行こう!」(エンターブレイン)、「法廷ライターまーこは見た!漫画裁判傍聴記」(かもがわ出版)。)
【画像】イメージです
*kou / PIXTA(ピクスタ)
【関連記事】
*残業時間が月60時間を超えたら割増賃金が更に貰えるってホントなの?
*あなたの会社は…?「ブラック企業」かどうか判断する4つのポイント