3月末、保育園の経営者でもある政治家が、採用して1ヶ月という女性看護師から「妊娠のため産休を取りたい」と相談され、「人手不足で募集したのにそれは違うだろと労働基準監督署に駆け込んだ」と発言し、物議を醸しました。
この発言は、マタハラになる可能性が高く批判を浴びることになった一方、経営者サイドからは同情的な声が上がり、賛否両論となりました。
弁護士の目から見て、政治家の発言はどのように感じたのか。また、法的に問題はないのか。星野・長塚・木川法律事務所の木川雅博弁護士に解説していただきました。
■法的な観点から解説
「この問題を「マナー」や「常識」の観点から語るには境界条件が明確でないため論じることはできず、また、被用者側から見るか雇用主側から見るかで意見が変わり得る問題でしょう。ただし、法的な結論としては一つしかありません。今回はあくまで法的観点からの帰結について解説したいと思います。」(木川弁護士)
■雇われてから1か月でも産休は取得させなければならない
「採用後何日目であったとしても、採用募集理由が緊急的な人手不足の穴埋めのためであったとしても、就業規則など会社の内部的ルールがどうなっていようとも、被用者は出産予定日の6週間前から請求すれば産休を取得することが可能です。そして、産休を取得したことを理由とする解雇などの不利益処分を行った場合には当該処分は無効になります。
この結論は誰が何と思っても動かすことはできませんから、入社後1か月での産休を拒否したり、1か月で産休に入ったことを理由として契約不更新・解雇などの処分をしたりすることは違法です。
ただし、今回のケースでは議員は苦言を呈しただけであり、実際に産休取得を認めなかったというわけではないと思います。そして、「人手不足で募集したのにいきなり産休に入るのは違うだろう」というのは、もしかしたら政治的には正しくない意見ではあるかもしれませんが、ただの(法律を知らない)個人的な意見にすぎずマタハラには該当しないといえます。」(木川弁護士)
■マナー違反にも当たらない
「また、採用されてから1か月で産休取得を申し出ることに対してもマナー違反だという声があるようですが、権利を適法に行使しているだけですので適法なのはもちろん、マナー違反だという指摘も当たらないでしょう。
このように書くと、「権利だからといって状況を考えずに行使するのは非常識だ」、「中小企業では一度に何名も採用することはないので、すぐに産休を取得されたら困る」という意見が上がります(実際に経営者の方からそのように相談されることもままあります。)。
しかしながら、法律は社会常識に則って国民の代表者が国会で定めたものであり労働基準法にはいつでも産休を取得できると書いてあるのですから非常識という批判は当たりませんし、すぐに産休を取得されたら困るというのであれば採用選考時などに適法な自衛手段を講じるべきなのは会社のほうです。」(木川弁護士)
■面接時の産休予定確認については弁護士に相談を
「面接時に産休予定を確認することについては、質問の方法・態様によっては男女雇用機会均等法違反の差別的質問に当たります。具体的な自衛手段・方法については弁護士に相談したほうがいいでしょう。
少子高齢化が加速的に進み経済成長も望めない日本では、産育休制度を利用しながら女性が社会進出を果たしてくれることを喜ぶべきだと思います。労働基準法などの法律を守っていたら中小企業はつぶれてしまうという意見も気持ちは理解できるのですが、時代が違えば社会常識も変わり、法律・制度も変わることは当然なのです。
大企業と中小企業とで制度を分けることの議論もなされているようですが、法律制定に至るまでは経営者がしっかりと現行法制を知って(知らなくてもきちんと専門家に確認してもらって)自衛手段を講じなければならないですね。」(木川弁護士)
政治家の発言については理解できる部分もあるようですが、やはり産休取得を拒否することはマタハラになる可能性が高く、不適切と言わざるを得ないようです。
事前に今回の様ようなケースを防止したい場合は、個人・企業とも弁護士と相談し、対応策を協議することをおすすめします。
*取材協力弁護士:木川雅博 (星野・長塚・木川法律事務所。通信会社法務・安全衛生部門勤務を経て、星野・長塚・木川法律事務所に所属。破産・再生・債務整理を得意とする。趣味は料理、ランニング)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)
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