日毎に便利になるスマートフォン。電話だけでなく、インターネット、カメラ、支払いなど、さまざまな用途に使われるスマホは今やほとんどの人にとっての欠かせないツールとなりました。
この新しく便利な機器を使った、新手の性的嫌がらせ行為をご存じでしょうか? iPhoneのデータ送信機能を使い、見知らぬ相手にわいせつな画像を送りつけるというものです。これがどのような罪に当たるのか、琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に伺いました。
■AirDrop露出はわいせつ物頒布罪
iPhone搭載されたAirDropは、近くにいる人に書類や写真などのデータを送信するための機能。MacやiPadなどAppleの端末間でやりとりすることができます。
送りたいデータを選択しAirDropで送信すると、相手の端末には『○○のiPhoneが1枚の写真を共有しようとしています』という文言と写真のプレビューが表示され、相手には『辞退』と『受け入れる』という表示がされます。
大きな特徴のひとつが、メールアドレスや電話番号を使わずに、データ送信ができるということ。受信対象として『連絡先のみ(連絡先を登録済みの相手のみ)』『すべての人』を設定することができます。つまり、設定を『すべての人』にしておいた場合、見知らぬ相手からデータを送られ、受信してしまう可能性があるのです。
この機能を使って、電車内などで見ず知らずの相手にわいせつな画像を送りつける行為が広まりつつあります。これは何か罪に問われるのでしょうか?
わいせつ物頒布罪(刑法175条1項)に該当する可能性があります。
刑法第175条1項
わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
判例は『頒布とは不特定又は多数の者の記録媒体上に電磁的記録その他の記録を存在するに至らしめることをいうと解される。』(最決平成26年11月25日)としています。したがって、このような電車内でのわいせつ画像送信行為は『頒布』に該当すると考えられます。
なお、AirDropでは、受信者は辞退・受け入れるのボタン操作を求められますが、その時点で画像のプレビューが表示されていますので、表示させた時点で犯罪は成立すると考えます。
『わいせつな電磁的記録』に該当しない画像でも、その画像次第では(例えば、卑猥なものであれば)、各都道府県が定めるいわゆる迷惑行為防止条例の『人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をすること』に該当する可能性があります。」(川浪弁護士)
例えば、かわいい猫ちゃんの写真ならわいせつ物頒布罪にも迷惑行為防止条例にも問われないかもしれませんが、卑猥なものはNGです。
■メーカーの責任は問えるのか?
ところでこの行為は、誰とでも簡単にデータ共有できるAirDrop機能の穴を突いた行為だと考えられますが、メーカーのApple社の責任を問い、損害賠償を負わせるなどはできるでしょうか?
「製品の欠陥によって損害を被った場合に、被害者は製造会社などに対して損害賠償を求めることができる法律として、製造物責任法が思い浮かぶかもしれません。
しかし、同法にいう『製造物』は、『製造又は加工された動産』(2条1項)をいい、AirDropというソフトウェアは該当しません。
また、同法は、製造物の『欠陥』により『他人の生命、身体又は財産を侵害したとき』(法3条)に損害賠償責任を負わせるものです。仮にAirDrop機能が搭載されているiPhoneそのものを『製造物』と捉えたとしても、受信できる相手を利用者が設定できることに照らせば『欠陥』があるとはいえません。
AirDropを悪用した者の送信行為を通じて『侵害』がなされたのであって、『欠陥』そのものが原因となったものではありませんので、Apple社の責任を追及するのは困難と考えます。」(川浪弁護士)
例えば誰かをバッドで殴って傷つけたとしても、バットのメーカーにはその責任がないのと同じことですね。悪いのは悪事を働いた人であり、それに利用された物に罪はありません。
■設定を見直し不用意な受信は避ける
AirDrop露出はわいせつ物頒布罪という犯罪であることははっきりしていますが、送信者を特定することが難しいためか、現在のところこれで逮捕されたという報道などはありません。
ただし、防ぐのは簡単です。AirDropの設定を見直し、不用意な受信をしないようにすればよいのです。ちなみに、AirDropでデータ送信しようとすると、身近にいる送信可能な端末一覧が、「〇〇のiPhone」のように登録ユーザー名で表示されます。本名で登録しておくと、見知らぬ人に本名をさらすことになりますし、名前から性別が知られてしまう可能性もあります。心配な方は登録ユーザー名の見直しをおすすめします。
*取材協力弁護士:琥珀法律事務所 川浪 芳聖先生(弁護士の役割は、一言で表すと「法的問題の解決」ですが、依頼者さんにとっては、解決(結果)に至るプロセスも非常に重要だと考えています。依頼者さんの話をじっくり聞いて、丁寧に説明することを心がけています。)
*取材・文:フリーライター 岡本まーこ(大学卒業後、様々なアルバイトを経てフリーライターに。裁判傍聴にハマり裁判所に通っていた経験がある。「法廷ライターまーこと裁判所へ行こう!」(エンターブレイン)、「法廷ライターまーこは見た!漫画裁判傍聴記」(かもがわ出版)。
*画像はイメージです(pixta)