駅のホームや踏切に設置されている非常停止ボタンは、安全確保のためにすみやかに電車を停止させる目的で設置されたものです。例えば、ホームから線路に転落してしまった人や踏切で立ち往生してしまった車を見つけたときなどは迷わずボタンを押すべきでしょう。
しかし、非常停止ボタンをいたずら目的で押した場合はどうなるでしょうか?非常停止ボタンが押されると、乗務員や駅員による安全確認が行われるため、電車が遅延することになります。
例えば、首都圏では1日当たり1,000万人以上の人が電車を利用していますが、いたずら目的で非常停止ボタンが押された場合には、これだけ多くの人に多大な迷惑を及ぼすことになります。このような迷惑行為に対する罰則はないのでしょうか。
この記事は、琥珀法律事務所の川浪 芳聖 先生に監修いただきました。
非常停止ボタンをいたずら目的で押したら逮捕?
非常停止ボタンをいたずら目的で押した場合、偽計ないしは威力を用いて鉄道会社の業務を妨害したとして、警察に偽計業務妨害罪、威力業務妨害罪などで逮捕される可能性があります。
偽計業務妨害罪とは、人をだましたり、勘違いしていることを利用したりして業務を妨害した場合に適用される罪であり、威力業務妨害罪とは、暴行や脅迫はもちろん、それに至らないような人の意思を制圧するに足りる勢力によって、業務を妨害した場合に適用される罪です。
どちらの罪も、罰則は3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。なお、いたずら目的で非常停止ボタンを押したことによって、他の電車の運行停止や運転時隔の短縮、送電停止等の措置をとらせるなどの事故発生のおそれを生じさせた場合には、往来危険罪により逮捕される可能性もあります。
では、急病人の保護や乗客同士のトラブル仲裁を目的として、非常停止ボタンを押した場合はどうでしょうか。
これらの場合、列車に接触する危険等がない限り、非常停止ボタンではなく駅員を呼び出す通報ボタンを押すべきですが、いたずら目的のような悪質さはないため、押すべきボタンを間違えたからといって逮捕されることはありません。
電車を遅延させた場合は鉄道会社から損害賠償請求される?
「電車を遅延させると、鉄道会社から損害賠償請求される」と聞いたことがある方も多いかもしれません。しかし、事故を回避する目的で非常停止ボタンを押した場合、電車が遅延することになっても、損害賠償を請求されるとは考えがたいです。非常停止ボタンは、まさに、急いで電車を止めて事故を回避することを目的としたボタンだからです。
他方でいたずら目的で非常停止ボタンを押したり、自身が原因で電車を止めたり、遅らせたりすると、鉄道会社から損害賠償を請求される可能性は十分にあります。自身が原因の場合とは、車を線路内でエンストさせたり、不注意で線路に転落してしまったりといった場合などがあてはまります。
ただ、自身が原因の場合であっても、まずは自身や周囲の方の安全確保が第一です。損害賠償請求を心配して、非常停止ボタンを押さず、かえって被害が大きくなってしまっては元も子もありません。本当にいざというときは迷わずボタンを押してください。
*記事監修弁護士:琥珀法律事務所 川浪 芳聖先生(弁護士の役割は、一言で表すと「法的問題の解決」ですが、依頼者さんにとっては、解決(結果)に至るプロセスも非常に重要だと考えています。依頼者さんの話をじっくり聞いて、丁寧に説明することを心がけています。)
*取材・文:アシロ編集部
【画像】イメージです
*あつひん / PIXTA(ピクスタ)