昨今よく耳にする「私人逮捕」 条件や誤認時の罰則を徹底解説

昨今私人逮捕という言葉を耳にするようになりました。これは一般人でも「逮捕」ができるというものですが、権力のない人間が他人を捕まえることに、不安を覚える人もいるようです。

そもそも、この私人逮捕とはどういうものなのでしょうか? パロス法律事務所の櫻町直樹弁護士に詳細を解説していただきました。

 

私人逮捕ってどんなもの?

櫻町弁護士:「犯罪行為をした(と疑われる)人物の身柄を拘束することを「逮捕」といいますが、刑事訴訟法(以下「刑訴法」)213条では、「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と規定されていますので、一般人(私人)でも、「現行犯人」であれば逮捕することができます。

これを「私人逮捕」あるいは「常人逮捕」といっています。なお、警察官や検察官等においては、

「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる」(刑訴法199条1項本文)

とされており、これを「通常逮捕」といっています」

 

逮捕できる条件とは?

櫻町弁護士:「私人逮捕の対象となる「現行犯人」とは、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者」(刑訴法212条1項)をいいますが、その他、「犯人として追呼されている」者が「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」等も、現行犯人にあたるとされています(同条2項)

例えば、スーパーの店員が「万引き」の現場を見たという場合、その店員は万引きした者を「現行犯人」として逮捕することができます。ただし、いつまでも逮捕(身柄の拘束)を継続できる訳ではなく、私人が「現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない」とされています(刑訴法214条)。

ここで、現行犯人について、(通常逮捕とは異なり)逮捕状が不要で、(警察官や検察官等でない)一般人による逮捕が認められているのは、犯罪が行われたことが明白であり、かつ、(逮捕の対象者が)その犯罪を行った者であることが明確(人違いのおそれがない)であるからとされています」

 

誤認逮捕したらどうなる?

櫻町弁護士:「もし、現行犯逮捕の要件を満たさないにもかかわらず、現行犯逮捕をした場合には、不法行為として損害賠償責任を負う可能性があるほか、逮捕罪(刑法220条「不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する」)に問われる可能性があります。

この点について、東京高裁平成3年5月9日判決(判時 1394号70頁)は、「刑事訴訟法二一二条、二一三条によって現行犯人を逮捕するには、特定の犯罪が行われたこと及び特定の者がその犯人であることが、犯行時又はこれに接着した時において明白であることを要するものであり、これらの要件が満たされていたかどうかは、「客観的に判断されるべきであり、逮捕者の主観において犯行及び犯人が明白であったことをもって足りるものということはできない」と述べています。

その上で、「逮捕が、要件において欠けるところがなく、適法であると判断される限りにおいては、後に被逮捕者につき犯罪の嫌疑が十分ではないことが判明しても、逮捕行為自体が違法であったとの評価を受けるものではなく、したがって、それが民事上不法行為を構成する余地もないものということができる」としています。

したがって、後に、現行犯逮捕が誤りであったと判明した場合でも、「特定の犯罪が行われたこと及び特定の者がその犯人であることが、犯行時又はこれに接着した時において明白であった場合には、正当・適法な現行犯逮捕であり、民事上・刑事上の責任を負うことはない、といえるでしょう。

ただし、上記東京高裁判決の原審(東京地裁平成元年8月29日判決(判タ716号63頁))においては、高裁とは逆に、

「すりという犯罪行為があったかどうかそれ自体が明らかでなく、仮に犯罪行為があったとしても、原告がその犯人であるかどうか明らかでなく、原告を犯人ではないかと疑うに足る相当な根拠さえもあったとは言い難いのであるから、乙野が原告を逮捕した行為は違法であったといわざるをえず、過失も否定することはできないものといわなければならない」

として、現行犯逮捕をした人物に損害賠償金の支払いが命じられています。

 

違法とされることもある

以上のようなことから、「特定の犯罪が行われたこと及び特定の者がその犯人であることが、犯行時又はこれに接着した時において明白である」かどうかに疑いがもたれるようなケースでは、現行犯逮捕が違法とされる可能性があることに留意すべきといえるでしょう。

なお、広島高裁昭和44年5月9日判決(判時 582号104頁)は、車両損壊行為が器物損壊罪にあたるとしてなされた現行犯逮捕に関し、車両損壊につき所有者の承諾があったために器物損壊罪は成立せず、したがって違法な現行犯逮捕であったという事案において、事実関係を詳細に認定した上で、

「現行犯逮捕として法律上許されるものと誤信し、かつ、そのように誤信したことについて相当の理由があったものと認められ、このような場合には犯意を阻却し、罪を犯す意思がなかったものと解するのが相当である」

 

として、逮捕罪は成立しないと判断しました。

この裁判例に従えば、適法な現行犯逮捕であると誤信し、かつ、その誤信に相当の理由があると認められるときは、現行犯逮捕について責任を負わないということになります。もっとも、どういった状況であれば「誤信したことについて相当の理由がある」といえるかは、まさにケースバイケースですから、軽率に「現行犯人だ」と信じ込んで逮捕することには、相応のリスクがあるといえるでしょう。

 

実力行使は許されるのか?

櫻町弁護士:最後に、現行犯逮捕に伴って「実力行使」が許されるかという点については、最高裁昭和50年4月3日判決(刑集 29巻4号132頁)が、

「現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべき」

 

として、一定の実力行使を認めています。

ちなみにこの最高裁判決においては、密漁犯人を現行犯逮捕するため追跡中であったところ、密漁船が停船呼びかけに応じず、追跡している船に衝突してきたり、ロープをスクリューにからませようとしたりといった抵抗をしたため、これを排除する目的で、密漁船を操船していた者の手足を竹竿で叩くなどして全治約1週間を要する傷害を負わせた行為が、「社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものと認められる」から、「刑法三五条により罰せられないものというべき」として、逮捕に伴う正当な実力行使とされました」(刑法35条:法令又は正当な業務による行為は、罰しない)

***

私人逮捕は確かに認められていますが、誤認した場合は逮捕した側が罰せられる場合があります。

権利行使については十分な注意が必要といえますね。

 

*取材協力弁護士:櫻町直樹(パロス法律事務所。弁護士として仕事をしていく上でのモットーとしているのは、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルが語った、「冷静な思考力(頭脳)を持ち、しかし温かい心を兼ね備えて(cool heads but warm hearts)」です。)

*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)

櫻町 直樹 さくらまちなおき

パロス法律事務所

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