電車に乗っていて、誰のものかわからない財布が座席に落ちていた。その場合、多くの人々は車掌や降りた駅の駅員に届けることでしょう。
しかし、中には自分の中で「悪魔」が登場し、その財布を持ち去ってしまう人もいるかもしれません。そのようなことは、当然犯罪になります。
このようなことをした場合、一体どのような罪に問われる可能性があるのか。パロス法律事務所の櫻町直樹弁護士に解説していただきました。
■電車内にあった財布を盗むとどんな罪になる?
「電車内にあった財布を拾って自分のものにしたという場合には、「窃盗罪」(刑法235条。10年以下の懲役または50万円以下の罰金)、または「遺失物(占有離脱物)横領罪」(刑法254条。1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料)の成否が問題になります。
窃盗罪と遺失物等横領罪、この2つの犯罪の違いは、勝手に自分のものにした他人の所有物(今回のケースでは財布)が、第三者(所有者とは限らない)の占有下にあったかどうかによって決まります。つまり、その所有物が第三者の占有下にあった場合は窃盗罪となり、誰の占有下にもなかった場合は遺失物横領罪となります。
今回のケースでいうと、電車の座席に財布があり、所有者と思われる人が近くにいない(既に下車してしまった)といった状況であれば、その財布を占有下においている人が誰もいないので、勝手に自分のものにすれば「遺失物横領罪」が成立することになるでしょう。
ちなみに、かなり古い判例ですが、大審院大正15年11月2日判決・大刑集5巻491頁は、列車内に乗客が置き忘れていった物(毛布1枚)につき、(列車内にあるからといって)乗務鉄道係員がそれを占有しているということにはならないから、それを自分のものにした被告人の行為は(窃盗罪ではなく)「遺失物横領罪」にあたるというべき、と判示しています」(櫻町弁護士)
■ケースによって微妙なものも存在
なお、「誰かの占有下にあったかどうか」の判断は、ケースによって微妙なものもあります。
まずは、バス待ちの行列に並んでいた人が、近くにあった台の上に写真機を置いたのを忘れ、行列が進むに従って写真機から離れていってしまい、置き忘れに気づいて引き返したときには、写真機は既に持ち去られていたというケースを紹介します。
このケースでは、行列が動き始めてから引き返すまでの時間が約5分にすぎず、置き忘れた場所と引き返した地点との距離も20m弱にすぎなかったといった事情から、写真機はいまだ持主の占有下にあったとして、窃盗罪の成立が認められました(最高裁判所昭和32年11月8日判決・刑集11巻12号3061頁)。
一方、スーパーマーケットの6階エスカレーター脇に設定されていたベンチ上に札入れを置き忘れ、そのまま地下1階食料品売場まで行き、約10分後に思い出して札入れを取りに戻ったが、既に札入れは持ち去られていたというケースでは別の判決が下されています。
「公衆の自由に出入りできる開店中のスーパーマーケットの6階のベンチの上に本件札入れを置き忘れたままその場を立ち去って地下1階に移動してしまい、付近には手荷物らしき物もなく、本件札入れだけが約10分間も右ベンチ上に放置された状態にあった」といった事情から、札入れは既に持主の占有下にはなかったとして、遺失物横領罪の成立が認められています(東京高等裁判所平成3年4月1日判決・判時 1400号128頁)。
いずれにしても、他人が置き忘れたような物を見つけたら、きちんと届けることが大切ですね」(櫻町弁護士)
財布が落ちている状況などによって、問われる罪が変わるそうです。とはいえ、いずれの場合も犯罪であることには変わりありません。財布に限らず物が落ちていたら近くの駅員や交番に届けましょう。
*取材協力弁護士:櫻町直樹(パロス法律事務所。弁護士として仕事をしていく上でのモットーとしているのは、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルが語った、「冷静な思考力(頭脳)を持ち、しかし温かい心を兼ね備えて(cool heads but warm hearts)」です。)
*取材・文:櫻井哲夫(フリーライター。期待に応えられるライターを目指し日々奮闘中)
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