「愛人契約」という言葉は、昼ドラなんかで聞きそうな言葉ですが、それでは「不法原因給付」という言葉は知っているでしょうか?
これは、例えば、お金をもらって愛人契約を結んでいた女性が、男性に対して、一方的に別れを告げた場合、男性はそれまで支払ったお手当を返してもらえるのか? という場面の法律関係を定めた民法の規定です。
民法の中でも大変ユニークな規定で、その合理性について長年議論されていますが、現在のところ、具体的な改正は予定されていません。諸外国を見ても、どのような結論をとるかは、価値観の大きく分かれるところであり、国によって、処理が異なる規定です。
法学部の授業で初めて習うと、なぜかこの規定だけは頭から離れないのですが、残念ながら、法学部の授業や司法試験ではあまり問われることはありません。
今回は、愛人契約にまつわるこの「不法原因給付」という民法の規定について解説します。
■不法原因給付とは?
民法708条は、「不法な原因のために給付をした者は、その給付をしたものの返還を請求できない。」と規定しています。
簡単にいうと、公序良俗に反するような契約によって、相手に財産を交付しても、後で交付したものの返還を求めることはできないことを定めたものです。具体的な例でみてみましょう。
■お金を払っていない場合
冒頭の例が典型ですが、愛人契約、妾契約は、公序良俗違反(民法90条違反)により、法的には無効です。
まず、契約無効ということは、まだ愛人に現金を給付していなければ、愛人側から約束した現金を請求することはできません。無効な愛人契約に基づく請求は、当たり前ですが、愛人側からも何も請求できません。ここまでは、不法原因給付の規定とは関係ありません。
■お金を払ってしまった場合
問題は、本来、無効な愛人契約に基づき、男性が自発的に愛人女性に現金を給付してしまった場合です。
この場合、民法の一般原則でいえば、本来、無効な愛人契約に基づいて現金を女性に交付した以上、女性に現金を保持する法的根拠はなく、不当利得(過払金と同じ)として、事後的でも男性に返す義務が生じます。
ところが、不法原因給付を定めた民法708条では、元の契約が不法な場合は、不当利得の例外として、愛人関係が終わったからといって、男性は愛人女性に返還を請求できないことにしたのです。
■この規定の背景にはクリーンハンズの原則が
なぜ、このような規定が設けられたかというと、不法なこと(愛人契約)に手を出した男性に法は助力しないというクリーンハンズの原則の思想が元になっているといわれます。
つまり、悪いことをした人に対し、民事でも法は味方しない、という趣旨です。判例は、男性が現金の返還を請求できないことの「反射的効果」により、交付された財物の所有権は女性に移転すると解釈しています。
そうすると、今度は、不法な愛人契約を結んだ女性を保護する必要もないのではないか? という疑問が出てきます。それが、この規定に反対する立場の考え方です。
愛人契約といっても、男性に妻がいれば、愛人女性は妻との関係では全く保護すべきでないと考えられます。また、事例が変わって、殺人請負契約、違法薬物売買契約のような無効契約に基づいて現金を交付した場合を想定すると、不法原因給付の適用結果として、相手(殺人契約の請負人、違法薬物契約の売人)に現金を反射的効果として取得させるのは、いかにも不当な感が強くなります。
不法原因給付の規定は奥が深く、ここでは全て紹介しきれませんが、曰くつきの規定といえるかもしれませんね。
*この記事は2015年2月に掲載されたものを再編集しています。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)
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