「別件逮捕」という言葉を聞いたことありませんか?
「別件逮捕」とは、「警察が本命として捜査したい重大なA事件という事件があった場合に、本当はA事件の容疑で逮捕して取調べたいけど、逮捕の要件(以前の投稿「起訴・不起訴・処分保留・・・ってどんな意味?」参照)が揃っていないので、とりあえず証拠の揃っている軽微なB事件で被疑者を逮捕してA事件についても取調べを行うこと」を言います。
例えば、「警察が殺人の被疑者と目星を付けている人物がいた場合に、殺人では証拠が十分ではなく逮捕の要件(特に、「犯罪を行ったと疑う相当な理由」)を満たすかどうか分からないので、証拠が十分にある軽犯罪法違反で逮捕し身柄を拘束して殺人事件についての取調べを行う」というケースがこれにあたります。
●別件逮捕は違法という声も
こういった別件逮捕は、法律を学問として研究する学者たちの間では「違法」だという評価が根強いようです。
ここでは小難しい理屈は抜きにしてご説明すると、要するに実質的にB事件の名を借りたA事件の逮捕だとすれば法律が定めた要件を潜脱することになるので許されるべきではない、という見解です。
こういった見解は理屈的にはサッパリしていますし分かりやすいと思います。ただ、実務上は、一見違法な別件逮捕のように見えても、違法とは評価しないという結論になることが多いのです。
理由はいくつかありますが、分かりやすいものとしては、(1)B事件について逮捕の要件を満たしているので違法とはいえない、(2)逮捕したB事件と本命とするA事件が関連する場合に、取調べの中できれいに区別していくのは実際上困難である、というものが挙げられます。
ですので、実務上は、本命と思われる事件に先行して別の事件で逮捕勾留されるということは結構あります。警察としても、被疑者の素性などがよく分からないという場合に、逃げられないうちに逮捕しておきたいという現実的な考えもそこにはあるのではないかと思います。
我々弁護士としても、被疑者のことを以前から知らないことがほとんどですから、初めて会った時から色々話を聞いていくうちに、この逮捕は別件逮捕っぽいな、ということに気がつくわけです。
そういった場合には、「逮捕されている罪以外の余罪などのことについては喋らないでくださいね。」とか、場合によっては「何を聞かれても一切喋らないようにしてください。あなたには黙秘権という権利があるので問題ありません。」などと、被疑者に対して適切なアドバイスを行うことになります。
捜査機関の取り調べの内容が、逮捕された件と関連性のない別件に集中しているのであれば、抗議文を出して警告するということもあります。
●別件逮捕が違法となるケース
実務上は別件逮捕が違法とされるケースは少ない、とお伝えしましたが、もちろん別件逮捕が問題となって違法と評価される事例もあります。そういった事例は、覚せい剤の自己使用のケースが目立ちます。
覚せい剤の自己使用案件では、警察官が道端で覚せい剤を使っていそうな人を発見した際に、職務質問をして任意で警察署などに同行し、任意で尿を出させて簡易な鑑定をして証拠を固めて逮捕するという場合があります。
その場合に、対象者がなかなか警察署等への同行に応じなかったり尿の提出を拒まれたりすると、逃げられないように無理矢理軽い罪で現行犯逮捕したくなるんでしょうね。そういった逮捕はさすがに許されないということになります。覚せい剤の自己使用案件のために強引に理由をつけて逮捕していることがここまで明らかだと、違法な別件逮捕となってしまうわけです。
*著者:弁護士 河野晃 (水田法律相談所。兵庫県姫路市にて活動しております。弁護士生活5年目を迎えた若手(のつもり)弁護士です。弁護士というと敷居が高いと思われがちな職種ですが、お気軽にご相談していただけるような存在になりたいと思っています)
*画像:AndreyKr / PIXTA(ピクスタ)