■多面的な問題
一般にはあまり馴染みがない水戸事件ですが、法的あるいは社会的な問題提起を多く孕んでいます。
一般的には、端的に知的障害者側を不当に扱ったとの批判が強いようですが、捜査の手法、刑事裁判の基本的システム(特に検察官が独占する起訴権限の行使の有り方)、不当判決に対する支援者の私的制裁、実力行使による報復への厳罰といった多面的な問題が絡んでいます。
■捜査手法の問題点
水戸事件では、知的障害者への強姦行為が、正確な証言が確保できないとの理由から不起訴となっているようです。
一般に、刑事事件では、たとえ客観的には犯罪が成立する行為であっても、証拠不十分により公判維持が見込めない場合には、検察官が不起訴とすることがよくあります。
現行の憲法及び刑事訴訟法が推定無罪の原則を定め、検察官が厳密に犯罪行為を立証できない限り、有罪認定されないことを規定している以上、このような扱いはどうしても避けられません。
検察官が起訴権限を独占していることとも関係しますが、最終的に無罪となったとしても、起訴されるだけで被告人は重大な不利益を被ります。
そのため、証拠不十分で、公判で有罪を確実に立証できない事案では、検察官が起訴裁量の権限を行使し、不起訴の判断のすることもやむを得ないと言わざるを得ません。
■検察官の起訴権限独占
水戸事件で、被告人に執行猶予が付けられた背景には、法定刑が重い強姦行為が起訴されなかったことも大きく影響しています。
刑事訴訟法では、起訴されていない行為を実質的に処罰する趣旨で、情状面で考慮することも禁止されていますので、どうしても、起訴された詐欺、暴行、傷害のみを前提に量刑を決める必要がありました。
もっとも、現在は、検察審査会(一般市民が検察官の不起訴処分の妥当性を審査する組織)による強制起訴制度が採用されていますので、一度検察官が不起訴にした強姦行為について、市民の意見を反映した検察審査会の起訴議決による強制起訴が可能となっています。
これにより、検察官が一度不起訴にした事件でも、起訴による被告人の不利益を考慮してもなお刑事裁判にかけて判決により強姦行為の有無を裁判所に認定してもらうことが可能となります。
■私的制裁行為
水戸事件では、判決に納得できない支援者が、被告人に暴行監禁を行い、実刑判決を受けるなど被告人よりも重い刑罰を受けたことも批判されています。
たしかに、被害者支援者の憤りの心情は理解できますが、私的制裁行為、実力行為による報復行為を許せば、そもそも法秩序が崩壊します。私的制裁行為や報復殺人が多発する社会の弊害は、メキシコなどの諸外国の例を見れば一目瞭然です。
支援者の処罰は、基本的に支援者の犯罪行為の態様と結果、反省の態度等の情状で判断されますので、結果的に被告人よりも重い実刑となる場合もあり得ます。
実力行為による私的制裁行為が処罰されたことは、社会秩序の維持の観点からやむを得ない面もあると言わざるを得ません。
■司法側の問題点
最後に、水戸事件が投げかけた「刑事事件における被害者側への配慮」の重要性は、重く受け止める必要があります。
現在では、刑事事件への被害者参加や被害者救済のための制度が整備されてきていますが、一昔前には、刑事裁判における被害者側への配慮という意識が不十分だったことは否めません。
近年、ようやく徐々に法整備と理解が進みつつある被害者支援の試みを今後も確実に継続していくことが求められているのではないでしょうか。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)
*しげぱぱ / PIXTA(ピクスタ)
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