■日本でも罪には問われない
結論からいうと、日本でも罪には問われません。
たしかに、世論からすると、交通事故現場で負傷者を助けず、ただただ動画の撮影を続け、しかも映像をマスコミに売って利益を得ようとする行為は、道義的な非難は免れないでしょう。
しかし、罪に問うためには、「不作為犯」の成立要件を満たす必要があるため、事故現場に偶然居合わせた人が、救助をせずに撮影をしても、刑法上の犯罪には問われないルールになっています。
■不作為犯とは
刑法上の犯罪は、基本的には、「~という行為をしたら、~罪として、懲役刑に処する」というように、一定の行為を行った人を犯罪として処罰対象にしています(作為犯といいます)。
例外は、他人の住居から退去しない不退去罪、保護が必要な人を保護しない遺棄罪など、わずかに規定されているのみです(不作為犯)。
これは、そもそも「何もしないこと」を犯罪とみなすべきケースがほとんど想定できないことと、予測可能性がないことが理由です。
ただし、刑法で明示的に規定されている不作為犯以外にも、例えば本来は、「人を殺す」という作為犯の形式で規定されている犯罪についても、(1)法令や条理上作為義務(救助義務)があること、(2)作為(救助行為)の容易性があること、(3)作為による殺人と同視できること、との要件を充足する場合には、「何もしないことによる殺人罪」が成立するとされています。
具体的な例では、「自己が引き起こした交通事故」の相手方被害者が車両に閉じ込められ、救助が容易であったのに、救助をせずにただ撮影していたために、被害者が死亡した場合には、自動車運転過失致死罪だけではなく、「何もしないこと(不作為)による殺人罪」が成立します。
自己が起こした交通事故については、道交法上及び条理上の救護義務があるからです。
他方、ただの通行人には、法令上も条理上も救助義務がないと解釈されていますので、ただ事態を傍観して撮影をしたとしても、不作為による殺人罪には問うことができません。
また、救助せずに撮影した映像をテレビ局に売って利益を得ることも特段違法ではありません。
■軽犯罪法違反
唯一、違法となる可能性があるのは、軽犯罪法です。
軽犯罪法では、火事、風水害、交通事故の現場で、公務員(救急隊・警察官)からの援助要請を正当な理由なく拒否することを処罰しています。
したがって、単なる通行人でも、現場に駆け付けた警察官や救急隊員から援助要請があるのに、理由なく指示に従わず撮影だけを続けた場合には、軽犯罪法違反となります。
もっとも、軽犯罪法は、1万円未満の罰金か30日未満の拘留という極めて軽い法定刑にすぎません。
結局のところ、この問題は、道義的に避難されるべき行為と、法律上犯罪としても刑罰を科すべき行為の境界線をどこに設定するかという価値観にもよります。
少なくとも、現在の刑法の思想では、単なる通行人の傍観行為(不作為)までは処罰しない、ということになります。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)
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