銭湯などの「入れ墨・タトゥーお断り」は不当な差別なのか?

■問題となるのは「法の下の平等」と「営業の自由」

日本国憲法には、「法の下の平等」という原則が定められています。人は全て平等であって、人種や性別、社会的身分等によって差別されてはならないという原則です。

この原則の根幹は、自分の意思ではどうにもならない事情に基づいて差別されてはならないというところにありますが、それ以外の事情に基づく差別的な取扱いについても、それが理由のない不合理なものであれば、この原則に反すると一般的に考えられています。

「入れ墨やタトゥーをしていることによって不当な差別をしてはならない」ということは、この原則から導かれることになります。

一方、憲法では経済的自由権のひとつとして、「営業の自由」というものが認められています。どのような方法で営業上の利益を上げるかは、その方法が不合理で他者の人権を不当に侵害するものでない限り、営業行為をする人が自由に決められるというものです。

銭湯や温泉、プールの経営者は、どんな人の入浴を認めるか禁じるかは、この営業の自由の問題と考えられます。

つまり、「入れ墨・タトゥーお断り」の問題は、「法の下の平等」を優先するか、「営業の自由」を優先するかの問題といえます。

 

■「入れ墨・タトゥーお断り」は、不当な差別にあたる

筆者は、「入れ墨・タトゥーお断り」は、銭湯などの「営業の自由」として許される範囲を超え、不当な差別に当たると考えます。

理由は、「入れ墨・タトゥーお断り」は、入れ墨やタトゥーがある人をいわば「じっぱひとからげ」にして、暴力団などの反社会的集団の構成員やこれらの人々と同列にみなしたうえで、入浴や水泳を楽しむ権利を一律に奪うことになるということです。

先ほどもお話したように、入れ墨やタトゥーの多くは、ファッションのひとつであり、また信仰と結びついているものです。そのような事情を度外視して、「入れ墨をしている人=悪い人、怖い人、トラブルを起こす人」とみなすのは、社会常識的に見ても合理性を欠く不当な差別といわざるを得ないでしょう。

確かに、全身に入れ墨やタトゥーがある人が裸でいるところを見れば、小さな子供やお年寄りなどは怖がるかもしれません。

そのために利用者が減ることを銭湯などの経営者が心配することも理解はできます。ただ、そのような問題を解消するためには、例えば入浴時に着られる水着や体を覆うタオルなどを使ってもらうなど、よりマイルドな方法での対応が可能です。

ただ、逆に今後は、「入れ墨・タトゥーお断り」を掲げることによって、収益が上がらなくなる時代となるかもしれません。銭湯経営者などは、経営面でのメリットを考えるのであれば、このような時代の見極めも必要になるのではないでしょうか。

 

*著者:弁護士 寺林智栄(ともえ法律事務所。法テラス、琥珀法律事務所を経て、2014年10月22日、ともえ法律事務所を開業。安心できる日常生活を守るお手伝いをすべく、頑張ります。)

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寺林 智栄 てらばやしともえ

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