■一票の格差って何?
選挙の際には、小選挙区あるいは都道府県選挙区ごとに定数の議員を選びますが、選挙区ごとの人口が大きく異なり、都市部への人口流入も続いているため、例えばA選挙区では人口(有権者)100万人いて当選議員(議員定数)1人なのに、B選挙区は人口50万人で当選議員(議員定数)1人という状況が生じています。
A選挙区もB選挙区も50%の得票率で当選できると仮定すると、A選挙区の議員は50万票ないと当選できませんが、B選挙区では25万票でも当選可能になります。
これは裏を返せば、A選挙区の有権者1人の投票の実質的影響力は、B選挙区の有権者の半分しかないことになります。
ここに一票の格差(投票価値の不平等)が生じます(上の例では2倍の格差となります。)。
■なにが問題なの?
一票の格差問題は、憲法と民主主義、国会の立法政策(と国会議員の保身)、司法権(裁判所)の存在意義が相互に絡み合う複雑な問題ですので、問題の出発点である憲法の規定から見ておく必要あります。
憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定し、政治的差別を禁止しています。
これには当然、選挙における投票価値の不平等な扱いの禁止が含まれます。しかも、当たり前ですが、公正平等な選挙は、(西欧式)民主主義の大前提であり、公正平等な選挙≒民主主義といっても過言ではありません。
民主主義国家の存立基盤であることから、他の何よりもまずは選挙における平等(投票価値の平等)を優先すべきだと考えられます。
憲法14条から投票価値の平等が強く求められるという総論自体は、反対はありませんが、問題は、憲法上厳密に、投票価値が「1:1」でなければ違憲となるのかどうかです。
判例は、憲法41条で唯一の立法機関とされている国会には、選挙制度の構築について広い立法裁量があると解釈しています。そのため、厳密に「1:1」でなくとも、格差是正の時間的猶予、格差が生じている理由等を考慮して、もはや合理的説明がつかない程度に格差が拡がっている場合には、憲法14条に違反することになります。
■裁判所はなぜ選挙を無効にしないのか
普通であれば、憲法に違反した法律は、無効であり、不平等な区割り(議員定数配分)を定めた法律が無効である以上、当該選挙自体が無効となるのが自然です。
ところが、一票の格差の場合は、そう単純に選挙を無効にできない事情があります。
よく言われるのは、選挙自体を無効とした場合、その前段階の国会議員の任期満了もしくは解散は有効である以上、不平等な区割り(議員定数配分)を是正する法律案を制定する国会議員がいない状態となっていまい、憲法の想定しない政治的混乱が生じる、という理由です。
判例もこの点を重視し、過去に投票価値の不平等が憲法上容認できない程度にまで拡大していると認定し、当該選挙が「違憲」と判断したことはありますが、選挙自体は無効ではないと判断し続けてきました。
■選挙無効になる日がくるかもしれない
選挙が憲法14条に違反し、違憲であると判断しているのに、選挙を無効にしないと、国会がいつまでも不平等な区割りを是正しない場合、裁判所の違憲判断ひいては司法権・三権分立の意義が軽んじられる事態を招くという批判があります。
そして、何より、民主主義の根底をなす投票価値の平等が保障されなければそれは真の民主主義ではないということもできます。
判例は、現時点では、違憲と判断しても、選挙自体を無効とすることまではしていませんが、選挙区改正・定数是正・投票価値の是正が、単に国会議員の保身のために遅れているとみられる場合には、どこかの段階で、違憲・選挙無効との判断まで下す可能性はあります。
選挙が近くなると、一票の格差是正を目指す団体やグループが新聞広告などに掲載し、選挙区ごとの格差の情報提供を大々的に行っています。次回選挙では、皆さんが住んでいる選挙区の投票価値についても考えてみてはいかがでしょうか。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)