懲罰的損害賠償という言葉を聞いたことはありますか?
名前から想像されるとおり、不法行為で被害者に実際に生じた損害以外にも、懲罰、つまり罰金の趣旨も含んで賠償金を加算することを認める制度です。
アメリカなどで驚くような高額な賠償が加害企業に命じられることがあるのは、懲罰的損害賠償の制度を採用していることが理由です。
一見、被害者保護を重視した制度でいいところもありそうですが、アメリカでも常に問題とされ議論の対象となっています。
今回は、日本にはない懲罰的損害賠償制度についてご紹介します。
■懲罰的損害賠償制度
アメリカで日本ではあり得ないような金額の賠償金が請求されることの背景に、日本とは異なる懲罰的損害賠償制度を認めていること、民事陪審(裁判員裁判の民事訴訟版)が採用されていること、の2点があります。
懲罰的損害賠償は、簡単にいうとある不法行為(事故)によって実際に生じた具体的損害(治療費・交通費等)に加えて懲罰の趣旨で、賠償金を加算することを認めるものです。
イメージとしては、日本なら刑事手続で国庫に払われる罰金を民事で認めて被害者に払う、というものです。
■マクドナルド・コーヒー事件
日本でも有名なアメリカの懲罰的損害賠償の裁判例としてマクドナルド事件があります。
1992年にマクドナルドのドライブスルーで熱々のコーヒーを買い、車の中で膝の上にカップを載せて飲もうとしたら溢してしまい、孫が火傷で皮膚移植手術の入院と2年間の通院をしたという事件です。
裁判では、マクドナルドのコーヒー売上高2日間分に相当する270万ドル(約3億円)を懲罰的損害賠償額として認める評決がいったん下され、日本でもコーヒーを溢しただけで3億円と話題になりました。
被害者側の窮状と加害者側大企業の不誠実な態度、莫大な収益が陪審員から批判・問題視され、高額な賠償が命じられる傾向にあるようです。
現在、企業の商品が「HOT」「火傷注意」などと過剰とも思える注意書きで溢れているのは、自己防衛のためです。
■日本では認められていない
日本では、不法行為の損害は、実際に生じた具体的な損害に限られ、懲罰・罰金の意味をもつ懲罰的損害賠償は認められていません。
罰金を課す場合は、刑事手続により、国庫に納付します。
ちなみに、アメリカで起きた不法行為を日本で裁判する場合、日本の裁判所がアメリカ州法を適用して判決を下す場合がありますが、この場合も、懲罰的損害賠償を認めている条項は適用されません。
このルールは法の適用に関する通則法22条という一般にはあまり知られていない法律に規定されています。
また、懲罰的損害賠償を命じたアメリカ裁判所の判決を使って日本にある相手の財産に強制執行することもできません。
■慰謝料の扱い
日本で実損とはいいにくい賠償が認められているのは精神的苦痛に対する慰謝料だけです。
しかし、日本での慰謝料は、事案ごとにかなり類型化され、金額のばらつきがほとんどなく、これまでの「慰謝料相場」から大きく超過して高い金額が認められることは実務上ありません。
高額な懲罰的損害賠償はいかにも自由豪快な国アメリカらしい制度ですが、他方で加害者企業にとっては予測不能な賠償義務が命じられて営業活動が委縮しかねないデメリットもあり、難しいところです。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。不貞による慰謝料請求、外国人の離婚事件、国際案件、中国法務、中小企業の法律相談、ペット訴訟等が専門。)
【関連記事】