韓国の旅客船沈没事故から1ヶ月が経ち、船長ら4人が殺人罪で起訴されることが分かりました。
乗客を見殺しにし、自分たちだけ優先的に脱出したなどと報じられています。直接的に人を殺さなくても殺人罪で起訴されたということになりますが、日本ではどう扱われるのでしょうか。
■「殺人罪」の要件は?
刑法199条は、殺人罪について定めており、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」としています。
「人を殺した」といえるためには、(1)「殺意」をもって、(2)殺害行為を行い、(3)その結果(因果関係)、(4)人が死んだことが必要です。
■船長に殺意はあるか?
韓国の旅客船沈没事故が日本で起こった場合、殺人罪を適用するには、主に、(1)「殺意」の有無、(2)「殺害行為」の有無が問題になると考えられます。
「殺意」があるといえるためには、「人が死ぬかもしれないことを認識し、それでもかまわない」という心理状態があれば足りると考えられています。この場合の「人」は、乗客一般という程度の認識でも足りると考えられています。
今回の事件で、船長は、船を離れる際に、事態を放置すれば乗客が死亡することは十分に認識していたはずですし、それでもあえてその場を離れたということは、乗客が亡くなってもかまわないと考えていたといえるでしょう。ですから、「殺意」はあったといえそうです。
■船長は殺害行為を行ったか?
判断が難しいのは、船長に「殺害行為」があったといえるか、という点です。
裁判例や多くの学説では、刺す、首を絞めるといった積極的な行為だけではなく、「何もせずに放置する」こと(=不作為)も殺害行為になる場合があると判断されています。
例えば、病院で治療を受けなければ数日中に死亡する病人を、そのことを知りながら、親族が外に連れ出し、何の治療も受けさせずに放置して死亡させてしまったケースです。
不作為を殺害行為と認定するには、(1)放置すればその人が生存できないこと、(2)放置した人には、その人の生存のために一定の行為をすべき義務が課されていたこと、(3)放置したことが積極的な殺害行為と同視できることが必要と一般的には考えられています。
先の例では、(1)から(3)をすべて満たし、殺人罪が成立すると考えられているのです。
■殺人罪の要件を満たすか検証
・韓国の旅客船事故では、乗客は沈没する船に閉じ込められており、放置すれば生存できない状態であったといえます(1)。
・そして、船長には、法令上、事故時には優先的に乗客を避難させる義務が課されるので、(2)も肯定されそうです。
・(3)については、船長が逃げる前に、乗客に対して、その場を離れないように指示していた点から、個人的には肯定できるかもしれないとも思います。
しかし、日本では、(3)の判断は厳格になされる傾向が高いようなので、実際に肯定されるかどうかは分かりません。
■実務はどうなるか?
同じ事故が日本で起こった場合、検察は、殺人罪ではなく、業務上過失致死罪(刑法211条1項)で起訴する可能性があると考えます。なぜなら、殺人罪で起訴すれば、船長の弁護人は、争う可能性が高いですし、先ほどもお話しした通り、従来の裁判例からすると、殺害行為があったとはいえないと判断される可能性が高いからです。
ただ、殺人罪で起訴されれば、事件は裁判員裁判で裁かれることとなります。世間の注目を大きく浴びるこのような事件では、裁判員を味方につけて、殺人罪の成立が認められる可能性が高い。そう判断すれば、検察は強気で殺人罪で起訴するかもしれません。
*著者:弁護士 寺林智栄(琥珀法律事務所。2007年弁護士登録。法テラスのスタッフ弁護士を経て、2013年4月より、琥珀法律事務所にて執務。)