社員の不正等に絡む労使問題の裁判所の実情と対応のコツ

 

 

真実に反した、労働者の主張

昨今、残業代請求やパワハラ等の労働問題で、労働基準監督署に駆け込む新入社員を含む若手社員が急増したように思います。使用者側に非があるケースであれば良いのですが、真実に反した相談内容なのではないかと疑問に思わざるを得ない事例もよく見られます。

今回は、

  1. 社内で不正を働いた社員を懲戒解雇
  2. 懲戒解雇をされた社員が、『不正を働いた覚えなどない。証拠もない。にもかかわらず不当に解雇された』として労働基準監督署に駆け込む
  3. 会社側の落ち度(長時間労働やパワハラ等)により精神疾患を発症したとして労災認定を受ける
  4. さらに、会社に対し、多額の慰謝料や未払給与等の請求

という事例について触れたいと思います。

 

近年ハードルが低くなった、労働問題の弁護士介入

ひと昔前まで、使用者と労働者との紛争に弁護士が介入してくることが現在ほど多くありませんでした。社員に不正がある場合に限らず、能力不足等の事情により解雇をした場合においても弁護士が介入して裁判所で争われるといった事態を心配することはあまりなかったのでしょう。

しかし、貸金業者の相次ぐ倒産により、いわゆる過払いバブル時代にこれをよりどころとしていた弁護士の業績が悪化し、残業代請求や不当解雇による損害賠償請求という労使問題に弁護士が積極的に介入するようになってきたことも要因の1つであることは否めません。

弁護士によっては、法律相談料や最初にいただく着手金はいずれも無料とし、実際に会社から支払を受けることができた場合にその一部を報酬としていただくというような価格設定をしているところもあり、弁護士に相談しようという心理的ハードルがかなり下がっている実情もあろうかと思います。

 

不正をした社員を懲戒処分にした結果、会社が慰謝料を請求される恐れがある

弁護士介入により労働審判や裁判に持ち込まれるケースでは、会社が行った解雇処分が有効と判断されるケースは極めて稀です。解雇、特に懲戒解雇処分に関して、法的には非常に厳しい要件が課されています。

解雇処分よりも軽い戒告・減給・停職等の懲戒処分を段階的に踏んで指導の機会を経てもなお改善されない、かつそれが一目で分かる証拠を残しておかないと、懲戒解雇処分は無効とされてしまうケースがほとんどというのが実情。能力不足を理由に懲戒解雇をすることを裁判所が有効と認められることは、まずほとんどありません。

 

横領や詐欺、背任等の会社に直接損害を与えるような不正事例を行なった社員に対しては懲戒解雇も有効と認められることが多くあります。しかしそれには、「不正の事実」を証拠で証明することが必要です。

証拠の確保ができないまま不当解雇をしてしまえば、証拠も十分でないのに見込みだけで安易に下した不当解雇と判断せざるを得なくなり、被害を受けたはずの会社が不正を働いた従業員に対して、多額の慰謝料や未払給与等を支払うこととなるケースが増加してきているのです。使用者からすると常軌を逸した事態です。しかし、このような事態が増えてきているのが現実です。

それでは、不正などを働いた社員を懲戒としたい場合、会社としては、どのようなことに気をつけて懲戒解雇処分を下せば良いのでしょうか。

 

【社員の不正事実の調査方法】(およそ事実調査一般に共通します)

下記は不正事実の発生から懲戒解雇処分に至るスキームと段階ごとの留意点です。概略についてのみ記しますが、参照ください。

1.調査体制と調査方針・スケジュールの確立

2.客観証拠の収集

【どのような証拠が必要か?】

  • 請求書、注文書、納品書、契約書、見積書、稟議書、決算書、出金伝票、帳簿類、メール、その他連絡文書等
  • 金銭の流れが分かる預金通帳等
  • リベートを取得したことが分かる証拠あるいはリベートの費消先の分かる証拠が必要。

※会社の損害の穴埋め等、会社に還流している部分は横領や不法行為とはならない可能性あり。

3.自宅待機命令のタイミング

【調査期間中の自宅待機命令】

  • 原則として賃金支払い義務あり
  • 就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存する場合には支払い義務を免れる(日通名古屋製鉄作業株式会社事件 名古屋地判平3・7・22)

4.当事者及び関係者からの一斉同時聴取

【事情聴取の手法】

  • 事実調査に熟練した弁護士に依頼、それができない場合には2名で聴取
  • 騙されない、性悪説に立つ。全く信じていないという演技も必要。
  • なるべく録音する
  • 客観証拠をぶつけるタイミングは工夫が必要。手の内を見せない。
  • 自白の獲得は、極めて重要
  • 人は、利益誘導でしか自白をしない
  • 信頼関係の「舞台」を設定する工夫は重要
  • 聴取者、情報集約者、処分者等の役割分担の工夫も一案
  • 客観証拠の収集を視野に入れながら聴取する
  • 弁護士の同席を認める必要はない
  • 聴取内容は、なるべく一問一答式で、実際の話し言葉を忠実に再現した書面を作成の上、署名・押印を求める。本人が頑なに拒否する部分は、そのまま盛り込んであげることで、書面の信用性が高まる。
  • 録音していない場合には、自筆の書面も提出させる
  • 否認している場合にも、後で新たな弁解を出させないために、あるいは、主張の矛盾を浮き彫りにするために、その証拠化は重要

5.事実認定と処分方針の確定

6.弁明手続の実施

処分の見込とその理由となる事実を本人に説明の上、十分に弁解を聞いた上で最終処分を下すべき。これを怠ると、処分が無効となる可能性がある。

7.懲戒解雇

解雇後の本人の調査協力は得られないので(逃げた者勝ちになる可能性が高い)、その前段階、社員の身分を有する間の早い段階での調査と証拠の確保が決定的に重要。任意の証拠提出依頼を繰り返し、ありとあらゆる証拠を早期に確保すべきである。調査協力及び拒否に関する規程類の整備も考慮に値する。

【モデル就業規則】

第○条 従業員の調査協力義務

1.会社は、コンプライアンス違反の疑いを察知したときは、当該事実の有無、その内容等について必要な調査を行う。

2.従業員は、前項に基づき会社が必要性を認めて適宜の方法により実施する調査に協力する義務を負い、正当な理由なく調査への協力を拒んではならない。

3.会社は、第1項に基づく調査に際し、必要に応じ、従業員に対し、自宅待機を命じることができる。

8.刑事告訴、民事訴訟等の手続選択

告訴して刑事手続を先行させられると楽。捜索は、刑事事件でしかできないし、100万円を超える場合には、弁償しないと実刑になる可能性が高く、否認せずに認めて、必死に弁済しようとする動機が一気に高まる。刑事記録の入手が可能になるし、警察・検察と弁護士が連携して、強制執行に必要な情報の入手も可能となる。

告訴先は、所轄の刑事二課か、検察庁の特別刑事部。

民事裁判官は、刑事手続以外での証拠収集の限界や、横領や背任等の経済事犯犯の認定方法を必ずしも正確に理解しているとは限らない。

さいごに〜リスクを軽減するために〜

前項で述べたような事実調査を実施し、不正等の事実を証明できる証拠をきちんと確保した上で懲戒処分を下したとしても、必ず有効になるという保証はありません。その処分の有効無効は裁判官の判断に委ねられているためです。

つまり、使用者は常に抱えるリスクについて考えなければなりません。

手を尽くしても払拭し切れないリスクに対しては保険が有効であり、唯一のリスク軽減の手段といえます。「保険でカバーできる部分は大胆かつ実務的に。保険でカバーできない部分は法的にプロテクトしつつ慎重に。」これがリスク管理の基本的な考え方であり、私たちが使用者にアドバイスする上でも常に心がけていることです。最後に、近時急増する労使問題で使用者側が裁判所で敗訴するリスク等に備える各種保険が売り出されていますので、その一部を紹介いたします。

 

~雇用慣行賠償責任保険(EPLI)の活用の検討~

 

・不当解雇を含む無効な懲戒処分、セクハラ・パワハラ、名誉毀損等での損害賠償金(不当解雇による未払給与含む)及び弁護士費用を含む裁判費用をカバー

・東京海上日動火災保険、あいおいニッセイ同和損保、AIG損害保険会社、チューリッヒ保険会社等で商品化している

 

執筆/シティ総合法律事務所(「弁護士」というと、敷居が高く、話しにくいと思われるかもしれませんが、我々自身、そういう弁護士は苦手で、親身に温かく皆様のお悩みをお聞きする温かい法律事務所であると自負しておりますので、どうぞご安心して、何でもお気軽にご相談ください。)

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