海外で起きた日本人が被害者となる殺人事件について、日本の警察が捜査を開始するとのニュースをたまに見かけます。
今回のように、国交がない組織(団体・国)による犯行である場合には、そもそも日本の警察が現地にいって実況見分をしたり、犯人がわかっていても被疑者を逮捕して取り調べをすることは事実上不可能です。
犯人の逮捕が事実上不可能であることが明白な場合、警察は、なぜ捜査するのか、また何を捜査するのでしょうか。
■なぜ捜査するのか
これは日本の刑法の適用範囲が関係しています。
日本の刑法は原則として、国籍を問わず、日本国内で起きた犯罪について適用されますが、例外的に、一定の重大犯罪については、日本国民の国外犯、日本国民が被害者となる国外での犯罪行為にも適用されることになっています。
そして、殺人罪は、日本人が海外で被害者となった場合の犯人の外国人に適用されます(刑法3条の2)。
これは、国民保護の趣旨がある規定ですが、この刑法の規定があることから、刑法犯を取り締まる警察が立件することになるのです。
つまり、今回の事件の犯人には日本の殺人罪が適用されるということです。
■どうやって捜査するのか
とはいえ、日本の警察ができる捜査はかなり限られます。
警察権(捜査権)は、国家主権の一部であり、イスラム国が未承認の組織であっても、その支配地域のシリアやイラクの主権を日本政府が侵害することはできません。
したがって、日本の警察が、現地にいって捜索や差押、実況見分、犯人逮捕を行うことは、シリアやイラクの主権侵害となるため、相手国の同意がない限り、法的に違法です。
また、イスラム国支配地域には近づけないので、事実上も難しいでしょう。
それでは、何をするかというと、直接的な捜査としては、相手国(シリア・イラク)の司法当局に外交ルートを通じて捜査協力を依頼し、犯人逮捕や代理処罰を求めるしかありません。
2国間で犯罪人引渡条約を締結していれば、条約に基づき犯人の引き渡しを要請できる場合もあります。
他方、実際の捜査では、被害者の日本国内での関係先での足取りの聴き取り等、間接的な捜査がメインとなるでしょう。
日本国内でも可能な捜査を万全に行い、将来、海外での犯人の身柄を確保できた場合に備えることになります。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)