近年、登山の訓練を受けていない熟年世代や若年女性の登山がブームとなっており、これに伴い、遭難などの事故も多くなっていると言われています。
警察の調べによれば、過去4年間のゴールデンウィークの山岳遭難事故のうち、実に80パーセントが登山届未提出だったとされています。先ごろ噴火した御嶽山においても登山者の多くが登山届を出していなかったと言われています。登山届のシステムは、形骸化しているといわざるを得ません。
しかし、一方では、登山届の提出により、遭難者の搜索の初動が円滑になると言われています。そこで、今回は、登山届の法的な位置づけや形骸化している理由、今後、登山届はどうあるべきかなどについてお話しします。
■登山届とは?
登山届(登山計画書、入山届ともいわれています。)とは、登山前に、警察署に対して提出するもので、書式は自由です(警察が作成した雛形をインターネットで入手することもできます)。一般に、登山者の氏名・年齢・住所・携帯電話番号・緊急連絡先・登山ルート・非常時対策・食料の数量等を最低限記載するのが望ましいとされているようです。
一部自治体では、一部の山について登山届の提出を義務付けていますが、多くの山では提出は任意となっています。登山届未提出で登山をしたからといって、罰則の適用を受けることはありません。
提出は、登山予定の山を管轄する警察署に対して行うのが原則となっています。持参する必要はなく、郵送・FAXによる提出でも可能ですし、一部ではインターネットでの提出ができるところもあるようです。また、主要登山口近くや登山予定の山の近郊の駅に提出箱が設けられている場合もあり、気軽に提出できる体制が整えられています。
■登山届の提出が進まない理由
この点については、まず、そもそも登山届の存在そのものを知らない人が多いと指摘できるでしょう。登山が一部の愛好家のものだけであった時代とは異なり、現在は、山そのものの環境整備や登山用具の発達等により、訓練も受けておらず登山の知識もほとんどない「素人」が気軽に、標高も難易度も高い山に登れる時代になっています。それだけに「登山届」が何かすら知らずに登山する人たちが相当数に上っているのが実情ではないでしょうか。
さらに、登山届の存在は知っていても、どこに提出すべきなのか、何を記載すべきなのか、提出するメリットは何かなどを知らない人も多いと考えられます。そのため、一見手間がかかりそうな登山届を提出しないまま登山に行き、遭難する事態が多発しているように思われます。
■登山届を普及させるために何が必要か。
冒頭にも述べたとおり、登山届が提出されている場合には、家族などから通報があった場合に、円滑に捜索を開始できるため、それだけ救出される可能性が高くなるというメリットがあります。
そのため、登山届の提出を義務付けるべきだという議論もあるようですが、個人的には、ただ義務付を行ったとしても効果は薄いと考えます。なぜなら、勝手に山に登られても無事に下山されてしまえば、登山届の未提出は発覚しないからです。仮に未提出の登山者に罰則を課しても、発覚のリスクが低いのであれば、提出のモチベーションを高める効果は期待できません。
登山届を普及させるためには、警察と山岳協会、また登山者が多い山を抱える自治体が協力して、登山届の有用性、提出が気軽にできることなどをアピールすることが必要です。また、市民でも気軽に参加できる登山レッスンなどを併せて開催するなどして、少しでも人々の興味を引く工夫をしていくことが重要ではないかと考えます。
*著者:弁護士 寺林智栄(琥珀法律事務所。2007年弁護士登録。法テラスのスタッフ弁護士を経て、2013年4月より、琥珀法律事務所にて執務。)