殺人しようとしている人を「見て見ぬふり」は犯罪か

まさに目の前で人を殺そうとしている犯人を見つけてしまったが、その行為を止めずに見てみぬふりをして立ち去ってしまった、その結果、犯人が殺人行為に及び、被害者が死んでしまった……。

なんとも後味の悪い話ですが、万一そのような場面に遭遇した場合、犯罪行為を止めたり、あるいは110番通報したりせずに立ち去ってしまったような場合、何らかの罪に問われることはあるのでしょうか。また、その被害者が、たまたま殺したいほど憎んでいる人で、あえて「死んでしまえ」という悪意を持って犯罪行為を止めなかったような場合はどうなるのでしょうか。

もちろん、道徳的には犯罪を止めるべきですし、止められない状況であったとしても110番通報ぐらいはすべきでしょう。しかしながら、法律で強制できるかどうかについては別問題です。

結論を言うと、犯罪を止めなくても110番通報しなくても犯罪にはなりません。

殺人犯

●なぜ犯罪ではないのか

法律では明文で規定されている場合を除き、何もしなかったこと(これを「不作為」と言います。)に対して処罰されることはありません。明文で規定されている場合とは、保護責任者遺棄罪(刑法218条)などがあり、保護しなかったことが法律違反となります。ただ、この規定もすべての人に適用されるのではなく、老年者、幼年者、身体障害者又は病者を「保護する責任のある者」しか対象となりません。

つまり、ただ単に犯罪現場に通りかかった人の場合は犯罪を阻止する「法律上の責任」がないため、何もしなかったとしても罪には問われないのです。これは、「死んでしまえ」という悪意を持っていようと変わりません。

公務員の場合は例外的に、「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」という規定が刑事訴訟法にあり、一定の犯罪について捜査機関への申告義務がありますが、この規定でも、申告しなければならないのは、「業務上犯罪があるとわかったとき」と限定されていますので、業務と関係ない犯罪については申告義務がありません。

法律はすべての人間に善人であることを強制するものではなく、最小限度のルール違反のみを処罰するという性質のものです。なんとなく釈然としない感じもしますが、これが法律と道徳の違いだと思ってください。

 

*著者:弁護士 山口政貴(神楽坂中央法律事務所。サラリーマン経験後、弁護士に。借金問題や消費者被害等、社会的弱者や消費者側の事件のエキスパート。)

山口 政貴 やまぐちのりたか

神楽坂中央法律事務所

東京都新宿区津久戸町4-1 ASKビル2-B号室

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