読者の皆さんのなかにも、4月から新しい会社で働く予定の方は多いのではないでしょうか。スキルや収入アップ、ブラック企業からの脱出など、気持ちを新たにするとともに、期待に胸を躍らせていることと思います。
Fさんもそんな転職組の1人。自分の「やりたいこと」を仕事にするため、A社への入社を決めました。ところが、入社予定日直前に思わぬ事態に直面。現在、頭を抱えているそうです。
勤務地が希望とかけ離れたものに…
その悩みとは、転職先の配属地。Fさんは実家で介護を必要とする母親と東京で生活しているため、「東京に配属してほしい」と会社に説明。了承を得ることができたため、入社を決めました。
ところが入社予定日直前に、「申し訳ないけど地方で働いてくれ」と告げられます。「事情を話して了承されたのに…」と感じているFさんは、希望の職種だけに入社辞退は避けたいそうで、会社に考え直してもらうよう交渉したいと考えています。
Fさんは会社に不当性を訴え、東京勤務にしてもらうことはできるのでしょうか? また、事前の約束を反故にする形で勤務地を希望とかけ離れた場所とすることに、法律的な問題はないのでしょうか? 琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に伺いました。
弁護士の見解は?
川浪弁護士:「本件で問題となっている会社は「全国規模の会社」ですので、会社に配転命令権が存すること(就業規則上、「転勤がある」旨定められていること)を前提に、以下に解説していきます。
就業規則に「転勤がある」との配転条項が存在していたとしても、会社と男性が、個別の労働契約において「勤務地を限定する合意(例えば、勤務地を東京とするとの合意)」(以下「勤務地限定合意」といいます。)をしていた場合には、その合意は、就業規則の一般条項に優先します(労働契約法7条ただし書)。つまり、労働契約において、勤務地限定合意がなされている場合には、会社は、当初の合意と異なる場所での勤務を労働者に命ずることはできないということになります。
本件の事案では、男性が「介護が必要な家族がいる」との理由で東京勤務を希望する旨を会社に伝えた上で、4月入社の約束を得たとのことですが、これだけでは男性と会社との間で勤務地を東京に限定するとの合意が成立していたかどうかは判断しかねるところです。
「男性の勤務地を東京とすること」に会社と男性が合意したのか、男性が会社に対して「東京を勤務地とするようにお願いしただけ」なのかが明らかではないからです。労働契約書や労働条件通知書が発行されている場合には、主にこれらの書面の記載内容に照らして、勤務地限定合意が成立しているか否かを判断することになると思いますし、これらの書面が発行されていない場合には、求人票の記載内容や面接時のやりとり、その後のメールや電話でのやりとり等から判断するほかないと思います」
上記の点に関して、
- 採用担当者に対して、男性が、家族の事情で転勤出来ない旨を明確に述べたこと、
- 男性に対し、採用担当者がそのことを否定しなかったこと、
- 採用担当者が、本社に男性の採用稟議を上げる際、本社に転勤を拒否していることを伝えたのにかかわらず、本社が何らの留保をつけることなく採用許可の通知をしたこと、
- 会社が何らの留保なく男性を採用し、これに男性が応じたこと、
- 会社が男性に対し、転勤があり得ることを明示した形跡がないこと
という事実から、会社と男性との間で、勤務地を限定する合意があったと認定した大阪地裁平成9年3月24日判決(新日本通信事件)が参考になるでしょう」
無効になる可能性も
川浪弁護士:「では、会社と男性の間で勤務地限定合意が成立していない場合、男性は必ず地方勤務に応じなければならないのでしょうか。この点については、「労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない」と労働契約法3条5項が定めていることに照らして、会社は、男性の配属先決定にあたって業務上の必要性や男性が被る不利益等に配慮しなければならず、場合によっては配属先を地方とする会社の決定が無効となる可能性があると考えます。
本件では、地方勤務によって男性がどの程度の不利益を被るのか、家族を介護できるのは男性しかいないのか、男性の配属先を地方としなければならない必要性がどの程度会社に存するのか、といった事情が不明ですので、会社による配属先決定に問題があるかどうかは回答できません。
しかし、育児介護休業法26条が労働者の配置変更にあたって労働者による家族の介護状況に配慮するよう使用者に求めていること、労働契約法3条3項が仕事と生活の調和に配慮しつつ労働契約を締結・変更すべき旨を定めていること、ワーク・ライフ・バランスの社会的要請が高まりつつあること等を考慮すれば、会社は、介護が必要な家族がいる労働者の配属先を決定するにあたっては相当な配慮をすることが望ましいと思います」
弁護士への相談を
Fさんのケースは、入社前に行った会社とのやり取りや家庭環境などを総合的に見たうえで、不当性の有無が決定されるようです。このような場合は、1人で悩んでも結論は出ません。弁護士の力を借りることが、問題解決の近道といえそうですね。
*取材協力弁護士: 川浪芳聖(琥珀法律事務所。些細なことでも気兼ねなく相談できる法律事務所、相談しやすい弁護士を目指しています。)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)