営業車を傷つけてしまった! 社員が修理費用を支払うべき?

営業マンに必須なものは色々とありますよね。「車」もその1つではないでしょうか。鉄道など公共交通機関が整備されていない地域もあるだけに、日々自動車で移動している人が多数かもしれません。

そんな営業車ですが、当然「事故のリスク」はつきもの。人身事故は稀であると思いますが、車庫入れの際に壁にぶつけてしまう、擦ってしまうなどすることは多々あります。

その場合の修繕費は、会社が持つべきなのでしょうか?それとも給与天引きなどで、社員が支払うべきなのか。

法的にどうするのが妥当なのか、センチュリー法律事務所の佐藤宏和弁護士に伺いました。

■さまざまな事情を考慮して決定される

佐藤弁護士:「社員が営業車を傷つけたことで会社に修理費用が発生した場合で、保険でカバーできない場合にどうするか、ということですね。

直感的に考えられるのは、仕事中に起きた事故なのだから損害を賠償する必要がないのではない、という考え方、もう1つは、仕事中とはいえ社用車を傷つけた社員とそうでない社員がまったく同じ扱いにはならない、という考え方でしょう。

結論的には、過失の程度、つまり不注意がどれくらいあったかなどのさまざまな事情を考慮して、修理費用の一部を負担することになる可能性があると考えられます。

これを法律的に言うと、社員が不法行為(民法709条)によって損害賠償責任を負うことはあるとしても、会社は社用車を使って社員に仕事をさせることで利益を得ているわけですから、報償責任を負うものとして、信義則上、その一部しか賠償請求できないということになります。

判例では、急停止した先行者に前方不注意等の過失により営業車を追突させた事案で、

『使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる』

と、諸般の事情を考慮して、『使用者は、信義則上、右損害のうち4分の1を限度として、被用者に対し、賠償及び求償を請求しうるにすぎない』としたケース(最判昭和51年7月8日 茨城石炭商事件)があります」

 

■債務不履行責任を考えることもできる

佐藤弁護士:「法律論として、もう1つの考え方は、社員と会社は労働契約を結んでいることから、労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を考えることもできます。

この場合、労働契約上、業務命令に基づく労務の過程で生じた事故であれば、一定のリスクがあるのは当然だから、単なる過失に過ぎない場合は労働者の責任は制限されるべきという考え方もあります。

上記の最高裁判例はやや古い事案ですが、最近の下級審裁判例では、このような責任制限の論理を用いて労働者の責任を1割と認定したケース(東京地判平成17年7月12日 労判899号47頁)もあります。

いずれにしても、個別具体的な事情に即して、妥当とされる責任割合が認定されることになると考えられます」

 

過失・不注意の程度によって、「どれだけ払うか」が変わってくるようですね。

 

 

■原則として就業規則が優先される

佐藤弁護士:「就業規則に特別な規定があれば、それは労働契約の一部を構成するため、その規定の内容が不合理であるなどの事情がない限り、当該規定に基づいて判断することになると思われます。

ちなみに、労働基準法24条1項に「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」という『賃金全額払いの原則』があり、原則として賃金との間で相殺することはできません。

ただし、

『法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる』

と、あるとおり、就業規則に規定がある場合や本人の同意がある場合は、賃金との相殺も認められます。」

 

就業規則に規定がある場合は、その規定に則って行動することになるようです。

 

■自家用車を営業車にしている場合は?

それでは自家用車を営業車として使い、傷をつけてしまった場合はどうでしょうか?

佐藤弁護士:「上の問題は、会社が社員に損害賠償責任を追及できるかというものでしたが、この問題は、社員が会社に損害賠償責任を追及できるかというものになります。

直感的には、会社の仕事で自分の車が傷ついたのだから、ある程度費用を負担してくれないか、という考え方があるということでしょう。この場合、どういう法律的な理屈で責任追及するのか、ということが問題になります。

仮に会社が不法行為(民法709条)を行ったとするなら、会社の過失が必要になりますが、会社が社員の車を傷つけないよう注意を払うべきなのにこれを怠った、と言える必要があります。

また、会社が労働契約上の債務不履行(民法415条)を行ったとするなら、会社が義務に違反した事実が必要になります。もっとも、上の問題と同様に、就業規則に特別な規定があれば、当該規定に基づいて判断することになると思われます。

自家用車を営業用に使用することが一般的に行われる会社などでは、就業規則に規定が存在する場合も考えられるため、原則として就業規則上の規定に従って判断することになると思われます」

 

会社用・自家用に限らず、就業規則の規定に従うことが原則で、それがない場合は傷をつけた際の状況などを判断した上で決定されるとのこと。

営業車を使っている人でも、意外と事故や傷をつけた場合の取り扱いがどうなっているか知らない場合も多いと聞きます。伝聞ではなく、就業規則をしっかりと確認するようにしましょう。

*取材協力弁護士:センチュリー法律事務所 佐藤 宏和(東京弁護士会所属。米国公認会計士(未登録)の資格所持。不当解雇や残業代請求などの労働問題を得意とする。業務内容や社内の力関係を理解し、膨大な事実の中から法律上意味のある事実を見つけ出し、事件をスピード解決へと導くことに重きを置いています。)

 

*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)

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