大手企業での未払い残業代問題がニュースになったこともあり、『残業代請求』という言葉も世間に広まりつつありますよね。
厚生労働省が2017年6月に発表した『監督指導による賃金不払残業の是正結果」によると、2017年に賃金不払い残業で是正された企業は1,349社でした。そのうち労働基準監督署から1,000万円以上の未払い残業代を支払った企業は184社だったそうです。
サービス残業をはじめとする未払い残業代は、本来支払われる残業代を算出し。残業代の証拠を揃えれば会社に請求することが可能です。そこで、残業代請求を行う際に絶対に押さえておきたい証拠やポイントについて、センチュリー法律事務所の佐藤宏和弁護士に伺いました。
■絶対に用意すべき残業代の証拠は?
残業代請求をする際に最も重要なのは『労働時間』が確認できる証拠です。
- タイムカード
- 勤怠記録
- 日報
- 業務PCのログオン記録
- メール送信履歴 など
会社で毎日記録している労働時間は、残業代請求の重要な証拠になります。これらの労働時間と給与明細に記載されている時間外手当(残業代)、時間外労働の記録(時間数)に乖離があった場合は差額を算出し請求することができます。
ただし、労働基準法では残業代請求に『2年』の時効があります。そのため、請求を考えている場合は、2年の時効に注意して行動を起こしましょう。
第百十五条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
引用元:労働基準法
■残業時間の記録はスマホアプリでも有効か?
会社によっては、労働者にタイムカードをつけさせなかったり、仕事を自宅に持ち帰らせたりする場合もあります。その場合、会社で記録した労働時間と実労働時間に差が出ることもあるでしょう。
会社で残業時間の記録が残せない場合は、出社・退社時刻を詳細に記録したメモや日記で証拠を残すこともできます。
最近では残業時間を記録するスマートフォンアプリなんかもありますよね。ただ、スマートフォンアプリに対してどこまで証拠としての効力があるのでしょうか。
- 佐藤宏和弁護士)
スマホアプリを用いて作成した労働時間記録が、裁判での証拠として使用可能なことは間違いありません。ただし、当然ながらその証拠の記載内容が客観的で信用性が高いと言える必要があります。
例えば、東京地判平成27年12月11日(判例時報2310号139頁)は、スマホアプリを『勤務ろぐ』用いて労働時間を記録した証拠について、次のように判示しました。
『原告は,本人尋問及び陳述書(甲18)において,開店前は朝礼や開店準備作業のため,閉店後は発注,品出し,清掃,他部門の手伝い等の作業のため,所定の始業時刻前及び終業時刻後に相当の時間外労働を行っており,勤務ろぐの記録は,実際の出退勤時刻をその都度記録していたものである旨供述するが,上記のとおり,勤務ろぐの記録は勤務時間管理表の記載と整合せず,原告の実際の始業時刻及び終業時刻が勤務ろぐの記録のとおりであったことを裏付ける的確な証拠はない。(中略)以上によれば,勤務ろぐの出退社時刻が原告の始業時刻及び終業時刻を全て正確に記録したものと認めるのは困難であるから,原告の始業時刻と終業時刻は,基本的には原告の勤務時間管理表に記載された時刻と認めるのが相当である。』
このように、スマホアプリを用いて作成した労働時間記録が、裁判での証拠として用いられることはありますが、その記載内容が裁判で提出された他の証拠と整合しないなど、記載内容の信用性に疑義がある場合、裁判所がそのまま事実認定の証拠として認めるとは限りません。
信用性にが低いと判断されてしまわないよう、普段から気をつけて正確に記録を作成する必要があります。
■残業代請求をする際のポイント
未払い残業代を請求する際、証拠と同じくらい重要なのは正確な請求金額を算出することです。
残業代の大まかな計算式は以下の通りです。
1時間あたりの労働賃金 × 未払い残業の労働時間 = 請求金額 |
- 佐藤宏和弁護士)
残業代を計算する際は以下のポイントに注意しましょう。
◆1日あたり所定労働時間
1日あたり所定労働時間が8時間未満の場合は、その時間分だけ時間外労働の割増率が適応されません。
◆みなし残業代(固定残業代)
就業規則や労働契約上、みなし残業代が固定給に含まれている場合は、その時間数は残業代があらかじめ支払われています。
もっとも、通常の給与とみなし残業代の区分が明確でない場合や、固定給に占めるみなし残業代の割合が不相当に大きいなど、みなし残業制度として合理的でないと認められる場合は、みなし残業代を含む固定給が残業をしない場合の固定給と認められ、これを基準として残業代が計算されることになる場合も少なくありません。
(固定給にみなし残業代分が含まれているからといって、必ずしもみなし時間分は残業をしなければいけない訳ではありません。)
◆働いた時刻、曜日
夜22時〜翌5時までの間に働いた場合は深夜労働として、会社が定める法定休日(例:日曜日)に働いた場合は休日労働として、残業代が通常より高くなります。法定休日でない所定休日(例:土曜日)に働いた場合は、その週に40時間(一部業種の小規模事業所では44時間)を超えて働けば、通常の残業代が支払われます。
◆その月の残業時間合計
月の残業時間合計が60時間を超えた場合も残業代が通常より高くなります(ただし、中小企業には2019年3月31日まで適用を猶予)。そのため、変形労働時間制やフレックスタイムなど特殊な労働契約を結んでいる場合や長時間労働をしている場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
また、そもそも自分は残業代が支払われる対象ではないと考えている方も、以下のような場合には残業代が発生することに注意しましょう。
◆名ばかり管理職
『マネージャー』、『部長』、『課長』など、管理職らしき社内呼称を用いている場合、会社が『あなたは管理職だから残業代は払いませんよ』という場合があります。
しかし、法律上の『管理・監督者』とは、かなり裁量権の広い、本当の意味での『管理職』を指しますので、直属の上司から日常的に指揮監督を受けている場合は、社内的に『管理職』であっても残業代が支払われることになります。
◆営業職の事業場外みなし労働時間制
営業職だからという理由で、『事業場外みなし労働時間制』に基づいて1日8時間のみ働いたものとみなされ、残業代は支払われないというケースも多く存在します。
しかし、『事業場外みなし労働時間制』が適用されるのは、事業場外で働くために使用者の指揮監督がおよばないと言える特殊な事情がある場合に限られ、携帯電話やインターネットの普及した現代では、単に直行・直帰が多いというだけで『事業場外みなし労働時間制』が適用されるわけではありません。
客観的に労働時間を証明できる信用性の高い証拠があれば、残業代を請求することが可能です。
*記事監修弁護士:センチュリー法律事務所 佐藤 宏和(東京弁護士会所属。米国公認会計士(未登録)の資格所持。不当解雇や残業代請求などの労働問題を得意とする。業務内容や社内の力関係を理解し、膨大な事実の中から法律上意味のある事実を見つけ出し、事件をスピード解決へと導くことに重きを置いています。)
*画像:PIXTA(ピクスタ)画像はイメージです