仕事上でもらった名刺は、ファイリングして保管していると思います。そのファイルを退社時に「会社に渡せ」と言われた場合従う必要はあるのでしょうか?
退社時に会社から支給された制服、備品など、会社所有のものは返却しなければいけないのは当然ですが、名刺ファイルは会社のものでしょうか自分のものでしょうか。
名刺という紙自体の所有権は従業員にあります。従って、会社はそれを渡せという権利はありません。
■前の会社の名刺を使って営業活動しても許されるのか?
それでは、退社した従業員は、名刺ファイルを自由に使って良いのでしょうか。退社後、別の会社に移り、前の会社にいた時の名刺ファイルを使い、別の会社の営業活動をしても良いのでしょうか。
これは、名刺という紙自体の所有権の問題ではなく、名刺に書かれた情報を退社後も使って良いか、という問題です。
■競業避止義務
この問題は、法律的には2つの観点から分析されます。まずは、競業避止義務の問題です。
競業避止義務とは、前の会社にいた時と同様な商売をはじめないという義務です。
例えば、中古車販売店のトップセールスマンが退社して、新しく中古車販売店をはじめるような場合です。前の会社時代の名刺ファイルをフルに活用して営業すれば、前の会社にとっては大打撃となります。
そのような不利益を防ぐために、会社は、入社時に競業避止義務を定めた契約をしたりします。このような契約がなければ、退社後は自由に営業活動が出来ます。
■秘密保持義務
次に問題となるのは、秘密保持義務です。例えば、企業の研究開発をしていた職員が退職後ライバルメーカーに再就職し、前の会社で知った情報をライバルメーカーに教えるようなことです。
そのような不利益を防ぐために、会社は、入社時に秘密保持義務を定めた契約をしたりします。このような契約がなければ、退社後は名刺ファイルを自由に使えます。
もう1つ注意しなければいけないことは、レアケースですが、名刺ファイルが不正競争防止法が定める『営業秘密』にあたる可能性です。次の3要件があると営業秘密と認定されますが、従業員が通常の業務で取得する名刺が下記の3要件に該当することはまずないと思われます。
(a)事業活動に有用な情報であること(有用性)
(b)公然と知られていないこと(非公知性)
(c)秘密として管理されていること(秘密管理性)
最後に注意しますが、上記の解説は、あくまでも自分がもらった名刺についてです。同僚の名刺ファイルなどを勝手にコピーして使ったような場合は、刑事罰を受けたりあるいは民事上の損害賠償請求を受けます。
*著者:弁護士 星正秀(星法律事務所。離婚、相続などの家事事件や不動産、貸金などの一般的な民事事件を中心に、刑事事件や会社の顧問などもこなす。)
*Graphs / PIXTA(ピクスタ)