「宇奈月温泉事件」という事件があったことは知っていますか?
事件名からは一体どういう分野の法律の問題なのかわかりにくいですが、実は、この判例は、法律中の基本。民法の中の、さらに基本原則についての判例なのです。法律を学んだ人なら誰でも知っているといっても良いでしょう。
一体なぜそんなに有名なのでしょうか。今回は宇奈月温泉事件について紹介します。
●どんな事件なのか?
宇奈月温泉は、富山県にある温泉なのですが、そのお湯は離れた別の温泉から引湯管によって引かれていました。
土地の利用権を取得した上で引湯管は敷設されていましたが、引湯管がその一部をかすめる土地を、土地の持ち主から買い取った鈴木さん(仮名)が、新しい所有者として、温泉の経営者森本さん(仮名)に対して不法占拠を理由に引湯管の撤去を迫りました。
そして、所有者鈴木さんは経営者森本さんに対して、引湯管を撤去しないならば、周辺の荒れ地とあわせて当時30円ほどの土地を2万余円という高額で買い取るように要求しました。
森本さんが引湯管の撤去も、支払も断ったため、鈴木さんが撤去を求めて訴訟を起こしたという事件です。
●権利濫用禁止の原則によって解決!
所有者が撤去を求めたのは、所有権にもとづく妨害請求という権利行使の方法であり、土地の所有者は無権利で土地を利用する者に対して出ていくよう求めることは所有権の行使として認められています。
しかし、この事案をみると、鈴木さんの請求には悪意が感じられ、認めるべきではないと考える人も多いのではないでしょうか。
そこで、裁判所は、引湯管を迂回させることは必要な費用・日数や湯の温度低下のおそれから事実上不可能であること、引湯管が中断され温泉経営が破壊されると、その集落の衰退を招き、また森本さんの兼営する鉄道事業も減収・継続不能になる可能性があること、鈴木さん所有の土地の価値が総額でも30円ほどにしかならないこと、鈴木さんは本件土地購入にあたって引湯管が通過している事実を熟知していたと認められること等を認定し、撤去を求める鈴木さんの請求を、権利濫用にあたるとして退けました。
裁判所は、当事者の利益状況の比較衡量という客観的な要件、権利行為者の害意という主観的要件をともに考慮して、権利の濫用として、権利を行使することが許されない場合があることを示したのです。
●有名な理由
この判例は、昭和10年のものであり、当時は民法の条文に権利濫用についての定めはありませんでした。つまり、権利濫用について初めて裁判所(当時は大審院)は判決を下したということになり、重要な判例となっています。
この判決の後、この判例や権利濫用の考え方を支持する学説の展開によって、戦後の民法改正では、民法1条3項に権利濫用法理の禁止が規定されることとなりました。
1条に規定されたことからわかるように、権利濫用の禁止というのは、権利を行使するにあたっても社会的制約があるということを示す3つの原則のうちの1つと理解されています。
3原則のうちの1つなので、多くの授業では最初に紹介されます。権利行使の原則を示した基本的な判例であり、最初にふれることも多いため、法律を学んだ人には強く印象づけられます。それゆえ、古い判例でありながら、有名な判例として今も名前があげられるのでしょう。