人を殴れば暴行や傷害という罪に問われ、物を盗めば窃盗罪になるなどこの世には様々な法律があります。
しかし、なぜその行為が法に触れる対象となったのか、ということはあまり知られていないのではないでしょうか。違法となる基準は何なのか、誰がどこで決めたのかということについて解説します。
■刑法が守ろうとしているもの
刑法典(狭義の刑法)に刑罰を定めている特別法を加えた広義の刑法が犯罪として刑罰を科しているのは、ある行為を禁止することによって、一定の利益を守ろうとしているためです。これを、犯罪の保護法益(刑罰法規が保護しようとしている利益)といいます。
全ての犯罪には、刑罰を科す目的ともいうべき保護法益が必ずあります。
保護法益には、大きく分けて個人的法益、社会的法益、国家的法益の3つがあります。
■個人的法益に対する罪の基準
個人的法益を守る犯罪類型は、殺人、傷害、強姦、窃盗、詐欺などが典型例です。一般になじみ深い犯罪類型によくみられます。
個人的法益に対する犯罪類型は、生命(殺人)、身体(傷害・強姦・業務上過失致死)、財産権(窃盗・詐欺)など、基本的人権や人の存立の根本にかかわるものが多いです。
そのため、法治国家であれば、法定刑の重さは別として、犯罪にされないということはまず考えられません。
殺人や強姦、窃盗が犯罪とされない国は、法治国家とはいえないですよね。
したがって、国家が存立する以上、当然に刑法典に盛り込まれることになります。
実際、殺人や傷害など個人的法益に対する刑法のほとんどの規定は、法定型に変更はあっても刑法典が制定された明治時代からずっと犯罪であることに変わりはありません。
■社会的法益・国家的法益に対する罪の基準
前者の例として、列車往来危険罪、墳墓に関する罪、文書偽造、条例で禁止される行為など、後者の例として、賄賂の罪、公務執行妨害、内乱罪、外患誘致などがあります。
これらの罪は、社会全体の利益を保護する観点から特定の行為を禁止するものです。
したがって、当然に刑法典に定められるわけではなく、国や時代情勢、社会状況によって、禁止すべき犯罪となったり、適法となったりすることがあります。
例えば、戦前にあった治安維持法の刑罰規定や不敬罪などは社会的法益もしくは国家法益に対する罪としての性格がありましたが、現行憲法施行に伴い、廃止されています。
■経済犯罪の基準
独占禁止法違反、著作権法違反などの経済犯罪は、政策的な側面が極めて強く、どのような経済活動を刑罰によって禁止するかは、経済政策に連動して決まります。
したがって、社会情勢やその時代で必要とされる経済政策的判断が犯罪創設の基準となります。
例えば、インサイダー取引や著作権法違反など、この種の犯罪は、殺人などと違って直感的に犯罪であるとの認識ができず、軽い気持ちでうっかり違法行為をしてしまいやすい類型ともいえます。
■誰が罪と決めるか
過去には、集団強姦罪、集団強制わいせつ、危険運転致死傷罪の新設が、被害者側からの働きかけで実現しました。
そういった意味では、最終的には国会で法律が制定されるものの、国民の意向や処罰感情、社会経済情勢が犯罪制定の重要な基準となります。
国民一人ひとりが違法となるかを決める力を持っています。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。不貞による慰謝料請求、外国人の離婚事件、国際案件、中国法務、中小企業の法律相談、ペット訴訟等が専門。)