パソコンの遠隔操作事件は、被告人の自作自演メールという意外な展開で一気に保釈の取消しへと向かいました。
被告人は無罪主張を覆し罪状を認めましたが、弁護人をも欺いた「ウソ」により捜査をかく乱することには、何か特別な罪は定められているのでしょうか?
■証拠を隠滅する罪
刑法には証拠隠滅等の罪が定められており、「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した」(刑法104条)場合に成立します。
証拠隠滅等すると、刑事司法作用が阻害されるために、刑罰が課せられているのです。
ところで、証拠隠滅等は、「他人の刑事事件」に関して成立し、「自分の刑事事件」に関する証拠については適用されません。
これは、自分の刑事事件についての証拠隠滅は、期待することができず、刑法で処罰することは相当ではないという判断であると考えられています。
自作自演メールは、犯人でないことを示す新たな証拠の作出であり、証拠の偽造といえますが、自分の刑事事件に関する証拠ですから、証拠隠滅罪は成立しません。
■他者を巻き込むと悪質と評価されてしまう
このように、証拠隠滅等は成立しないのですが、共犯者がいる場合は事情が変わってきます。
判例は、自己の刑事事件に関する証拠であっても、犯人が他人に証拠の隠滅等を教唆した場合には、証拠隠滅等の教唆犯(刑法61条1項)が成立するとしています。
この判例には批判的な意見も少なくないですが、自己の刑事事件に関する証拠について、単独で隠滅等することは期待可能性がないとしても、他者を巻き込んでまで隠滅等することは悪質であり、期待可能性がないとはいえないとされているのです。
自作自演メールだとしても、例えば、犯人が犯人以外の人に手伝ってもらい、代わって送信してもらった場合には、自己の刑事事件に関する証拠を偽造としての一面があっても、犯罪が成立してしまうのです。
■業務を妨害する罪
ちなみに、今回の自作自演メールでは、新たな犯行予告ともいえる内容が含まれていたようです。
実際に行うつもりのない犯行を予告をした場合には、偽計業務妨害罪(刑法233条)が成立します。
東京高裁は、犯罪予告の虚偽通報がなされた事案において、「警察においては、直ちにその虚偽であることを看破できない限りは、これに対応する徒労の出動・警戒を余儀なくさせられるのであり、その結果として、虚偽通報さえなければ遂行されたはずの本来の警察の公務(業務)が妨害される」(東京高等裁判所判決平成21年3月12日)として、妨害された公務の一部が強制力を行使する権力的公務であっても(偽計)業務妨害罪は成立するとしました。
警察官などによる公務においては、業務妨害罪の成立は限定的に解されていますが、メールを1通送っただけでも犯罪が成立するので注意が必要です。
■焦って傷口を広げてしまうこと
自分が犯罪を犯してしまった場合、バレないように逃げ通したい、認めたくないなどと考えることは、珍しいことでもありませんし、ある意味では自然な反応なのかもしれません。
しかし、そのために証拠を偽造したりすれば、新たな犯罪を犯すことになる場合があるのです。
また、新たな犯罪としては成立しなくとも、悪い情状を積み重ねることになってしまい、結果的により重い罰を受けてしまうかもしれません。
確かに、証拠の偽造を最後の最後まで裁判所が見抜けなければ、罪を負わなくても済むかもしれませんが、それで本当に良いのか、その行動に納得できるのか、その期待は合理的なのか、この辺りの判断は、その人の生き様の表れといえるでしょう。
なお、事件に全く関係のない人が、自分が真犯人であるなどとメールを送ったり名乗り出るようなことをして捜査をかく乱すれば、正に証拠偽造罪(又は犯人隠避罪(刑法103条))が成立しますので、是非とも控えていただきたいと思います。
*著者:弁護士 荻原邦夫(りのは綜合法律事務所。刑事事件を主に取り扱っています。お客様に落ち着いていただき、理解していただけるよう対応します。)