昨今、凶悪事件の犯罪者が逮捕された後、「精神鑑定を行う」という報道を耳にします。
犯人の刑事責任能力を見るために実施されているもので、統合失調症などが確認できた場合、罪に問われないこともあると聞きます。
犯罪である以上、被害者は存在します。
なぜこのような措置が取られているのか、心神喪失であれば、被害者は泣き寝入りとなってしまう他ないのでしょうか?
パロス法律事務所の櫻町直樹弁護士に詳細を聞いてみました。
統合失調症者は罪に問われない?
櫻町弁護士:「刑事責任能力とは、犯罪行為をした者に対して刑罰を科す前提となる、行為の善悪を判断し、その判断に従って行動を制御する能力のことをいいます。
犯罪時に刑事責任能力を欠く、あるいは著しく減衰している場合について、刑法39条は以下のように規定しています。
刑法第39条
1 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
『心神喪失』の状態で犯罪をした場合には刑罰が科されることはなく、『心神耗弱』の場合は通常よりも刑罰が軽くなる、ということですね。
心神喪失について、例えば裁判所のウェブページ(http://www.courts.go.jp/saiban/qa_keizi/qa_keizi_21/index.html)では
『善いことか悪いことかを判断したり、その能力に従って行動する能力のない人や、その判断能力又は判断に従って行動する能力が普通の人よりも著しく劣っている人がいます。刑法では、これらの能力の全くない人を心神喪失者といい、刑罰法規に触れる行為をしたことが明らかな場合でも処罰しないことにしています。また、これらの能力が普通の人よりも著しく劣っている人を心神耗弱者といい、その刑を普通の人の場合より軽くしなければならないことにしています。これらは、近代刑法の大原則の一つである「責任なければ刑罰なし」(責任主義)という考え方に基づくもので、多くの国で同様に取り扱われています』
と説明されています。
無罪になることは本当にあるのか?
櫻町弁護士:「『実際に統合失調症と判断された場合、無罪になることはあるのでしょうか?』との点についてですが、裁判例には、被告人(加害者)は統合失調症による妄想に支配された状態で犯行に及んだものであり、心神喪失状態であったと判断して無罪を言い渡したものがあります。
ただし、統合失調症に罹患している=心神喪失と常に判断されている訳ではなく、統合失調症に罹患していたが善悪の判断能力が著しく減退していたにとどまるとして「心神耗弱」と判断し、刑法39条2項に基づき刑を減軽した上で有罪を言い渡したものもあります。
例えば、さいたま地裁平成30年12月20日(平29(わ)1469号)判決は、殺人罪等に問われた被告人について、「本件において、被告人が当時心神耗弱状態にあったことは当事者間に争いがないが、当裁判所も、被告人は本件各犯行当時、統合失調症により心神耗弱状態にあったと認定する。
すなわち、B医師の公判供述を中心とする関係証拠によれば、
『被告人は、本件当時、罹患していた統合失調症の影響により・・・嫉妬妄想、被害妄想を抱いており、その重大な影響の下で、本件各犯行に及んだものと認められる一方で、上記妄想が犯意の形成に影響を与えたとはいえ、夫婦間の嫉妬の感情に起因して夫への敵意が生じ、相手を傷つける行動に及ぶこと自体は正常心理でも了解できるものであるし、被告人自身の犯行後の行動をみても、ある程度正常な現実認識や比較的冷静な思考の下に行動を取っている側面もあることなどからすれば、被告人の善悪の判断やこれに従って行動する能力が完全に失われていたともいえない』
として、心神耗弱であると判断しています。
なお、被告人が統合失調症に罹患しているという医師による鑑定が、裁判所を拘束するかどうかについて、最高裁判所昭和58年9月13日判決(判タ513号168頁)は、
『被告人の精神状態が刑法三九条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、右法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられるべき問題である』
としているので、裁判所は、医師による鑑定に拘束されず、裁判所が独自に判断をすることができます。
ただし、最高裁判所平成20年 4月25日判決(判タ1274号84頁)は、
『生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものというべき』
としているので、医師による鑑定を『採用し得ない合理的な事情』がなければ、その鑑定を尊重すべきであり、そうであれば、統合失調症に罹患していると鑑定があれば、原則的には、それを前提に心神喪失かどうかを判断する、ということになります」
無罪になった容疑者はどうなる?
櫻町弁護士:「また、無罪になった容疑者ですが、被告人が心神喪失のため無罪となった場合等においては、『心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律』(医療観察法)に基づき、対象となる者に医療・観察を受けさせるべきかどうかの判断を求めて、検察官が地方裁判所に申立てを行います。
検察官からの申立てがなされると、鑑定を行う医療機関での入院措置等が講じられるとともに、裁判官と精神保健審判員(必要な学識経験を有する医師)の各1名からなる合議体による審判で、処遇の要否と内容の決定が行われます。
審判の結果、医療観察法に基づく入院による医療の決定がなされた場合は、厚生労働大臣が指定した医療機関(指定入院医療機関)において、対象者に対して、医療の提供が行われるとともに、この入院期間中から、法務省所管の保護観察所に配置されている社会復帰調整官により、退院後の生活環境の調整が実施されます。
このほか、心神喪失者による犯罪被害にあった場合に、不法行為に基づく損害賠償請求ができるか、という点が問題となります。
民法713条は、
『精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない』
と規定しているので、故意・過失によって心神喪失状態に(自ら)陥ったのでない限りは、損害賠償責任を負わないので、被害者が損害賠償を請求することはできません。
ただし、民法714条で
『責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない』
と規定されているので、心神喪失者を監督すべき法律上の義務を負う者(例えば、心神喪失状態にある未成年者の親権者)に対しては、損害賠償請求をすることが可能です。
もっとも、この場合でも、監督義務者がきちんとその義務を果たしていたときや、義務を果たしていても被害が生じたであろうときには、その監督義務者も損害賠償責任を負わないということになります」
まとめ
心神喪失と犯罪の関係性について、櫻町弁護士に詳しく解説していただきました。
知識として、是非覚えておいてください。
*取材協力弁護士:櫻町直樹(パロス法律事務所。弁護士として仕事をしていく上でのモットーとしているのは、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルが語った、「冷静な思考力(頭脳)を持ち、しかし温かい心を兼ね備えて(cool heads but warm hearts)」です。)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています