Q
M&Aで他社の事業を買収したのですが、買収した事業の実態を見ると、想定していたものとだいぶ違うように思えます。何か今からできる対処方法はありますでしょうか?
A
できるだけ早期にM&A後の調査を行い、問題があればただちに法的交渉をはじめ、必要があれば訴訟などの法的手続を行うことが考えられます。
通常、契約違反に対する責任追及期間は、M&A契約に定められています。そのため、当該期間内に責任追及を行うのが原則です。ただし、責任追及期間を徒過している場合でも、より立証負担の重い不法行為責任を問うことで解決する場合もあります。
いずれにせよ証拠隠滅の可能性を減らす必要があるため、できるだけ早く調査に着手し、必要なアクションを起こすことが極めて重要です。
1.M&A前のデューディリジェンスとM&A後の紛争解決
M&A(企業の合併や買収、事業譲渡なども含むものとする)は、買い手側から見ると、現業の競争力強化、新分野又は新市場進出などさまざまな目的で行われます。事業をゼロから立ち上げずに、事業用資産とともに、事業それ自体を承継できる点がメリットです。顧客や仕入先との関係や事業運営組織も承継されませうので、すぐにでもその事業をスタートできるでしょう。
しかし他方で、買い手にとって未知の事業用資産及び取引関係・組織的ノウハウ等をそのまま承継することから、買い手がM&A契約締結前に認識していなかった事情が事後的に出現し、予想外の事業リスクとなることがあります。具体的には、承継対象となった事業用資産そのものの「隠れた瑕疵」や契約上の表明保証違反、M&A後の組織の混乱や人材流出により本来承継対象となるべきであった取引関係や組織ノウハウが承継されず、外部に流出することなどです。
こうした事態を避けるために行われるのが、いわゆる「デューディリジェンス」(Due Diligence M&A前の財務面・法務面等の調査)です。しかし、デューディリジェンスとは、買い手の取締役が善管注意義務を果たすために、現に稼働中の事業を対象に行われる調査です。そのため、秘密保持の要請が高い、極めて制約された環境下で行われざるを得ません。したがって、費用対効果も考慮すれば、リスクをゼロにするまで徹底的なデューディリジェンスを行うことは、非現実的と言わざるをえません。
そこで、M&A契約締結後、PMI(Post-Merger Integration:M&A後の統合)の過程で、日々動いている事業(事業用資産、取引関係、組織ノウハウ等)を対象に詳細な調査を行い、重要な事業リスクを特定し、①法的な交渉により損害を最小限に抑えるか、または②訴訟等の法的手続によって金銭的な回収を図る必要があります。具体的には、M&A契約の相手方、承継予定であった取引先の流出先、承継される予定であった役員・従業員個人やその流出先等を相手方として、M&A契約締結時点で認識できなかったリスクに対処するため、法的な交渉または法的な手段により、M&A後の紛争解決を有効に行うことが重要です。
2.M&A後の紛争解決の事例
例えば、次のような事例があります。
(1)A社の事例
A社が他社の特定事業部門を買収したところ、事後的に事業用資産に対する不正な会計操作が判明したため、A社が売り手の会社及びその役員らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求をした事例です。この事例では、会計操作の発覚が遅れたため表明保証違反に基づく損害賠償請求ができず、故意による不法行為であることの立証を余儀なくされました。しかし実際にA社は、当事務所の弁護士らを代理人として民事訴訟を提起し、請求部分についての全部認容判決を得ることができました。
(2)B社の事例
B社が他社の特定事業部門を買収し、被買収会社の元社長にそのまま事業責任者を務めさせていたところ、数年後に業績が急激に悪化し始め、さらに数年後、元社長が競合他社の役員を兼務し、競合他社のために業務を行っていることが判明しました。B社は、当事務所の弁護士らを代理人として契約違反に基づく損害賠償請求の民事訴訟を提起しましたが、義務違反行為や損害額の立証が難しく、一審裁判官は損害額をゼロ円とする和解案を提示しました。
しかし、その後、社内に残されていた元社長のパソコンから消去された電子データをデジタルフォレンジックという技術を用いて復元したり、弁護士会を通じた弁護士法23条に基づく取引先や銀行への情報照会を行ったりして、社内、取引先、銀行から証拠収集を行ったところ、B社は、被買収会社の元社長がした行為の悪質性を立証することに成功し、控訴審で実質的な全部認容判決を得ることができました。
3.まとめ
これらの事例は、いずれも問題発生後、だいぶ時間が経ってから対応をはじめたため、民事訴訟を提起する必要がありました。しかし、M&A契約締結直後に詳細な調査を行っていれば、より早い段階で解決していたかもしれません。
M&A契約を締結したら、できるだけ早期に調査を行うことが、問題の早期発見・早期解決につながるものと思われます。
著者:センチュリー法律事務所 佐藤 宏和 弁護士(東京弁護士会所属)
企業間の損害賠償事件や労働問題、IT紛争などを得意とする。法律上問題となっている業務の内容や社内外での関係者の力関係を理解し、膨大な事実の中から法律上意味のある事実を見つけ出し、法的判断に必要な証拠を発見することで、事件をスピード解決へと導くことを心掛けている。