労働基準法は、労働者保護の観点から様々な規定を定めており、同規定に反した場合には罰則が科されるものもあります(労働基準法117条以下)。身近なものだと、残業代未払については「30万円以下の罰金」が科される旨規定されています。
しかし、現実には、残業代をきちんと支払っている会社は少数で、多くの会社がサービス残業をさせている実態があります。
どうして、上記のように刑罰が科されるのに、労働基準法を守らない会社が多いのでしょうか。
■労働基準法違反を知らない経営者もいる
その理由として考えられるのは、(1)そもそも労働基準法違反について刑罰の定めがあることを知らない、(2)労働基準法に違反しても実際に刑罰が科される場合は少ないことを知っているという2点を挙げることができます。
(1)については、従業員数の少ない中小企業のワンマン経営者に多いパターンで、驚くことに労働基準法の存在自体を知らない経営者がいるんですね。こういう会社は、顧問の社会保険労務士や税理士から指摘されると、素直に従って是正することがよくあります。
問題なのは、(2)の方です。(2)の通り、労働基準法に違反しても刑罰が科せられることは非常に少ないのが実情で、労働基準法を守らない方が会社としては人件費が節約できるという悪い現実があるからです。さらに、上記の通り、残業代未払いの場合の罰則は「30万円以下の罰金」ですから、仮に刑罰が科されても30万円で済んでしまう(残業代を支給しない方が会社にとって経済的なメリットは大きい)ことも少なからず影響しています。
なお、罰金を支払ったからといって従業員に対する残業代支払義務(債務)が免除されるわけではありませんが、残業代は2年間の消滅時効にかかりますので、全ての従業員に対して過去数年分の残業代の支払を強制されるわけではなく、残業代をきちんと支給している場合と比べて、コストがかからないのが実態であることを付言しておきます。
また、労働者から訴訟を提起されて判決に至った場合、残業代のみならず付加金(労働基準法114条)の支払を命じられることもありますが、実際には、訴訟提起して残業代を請求する労働者は多くないこと、また、訴訟を提起されても判決まで至らずに和解で解決する場合が多いこと(和解の場合、付加金分は通常考慮されません。)も「残業代を支払わない」という会社の判断に影響していることは否めません。
■労働基準監督署の抱える問題
では、どうして、労働基準法に違反しても罰せられる場合が少ないのでしょうか。以下でも、わかりやすく説明するために、残業代未払いの場合を念頭において説明していきます。
労働基準法違反の罪について、労働基準監督官には刑事訴訟法に規定されている司法警察官の職務を行う権限があり(労基法102条)、労働基準監督官は、労働基準監督署内の相談コーナーで、労働者から違反申告を受ければ、使用者(会社)に対して来所依頼通知を出して事情を聴取し、違反の事実が判明すれば行政指導、是正勧告をします。
しかし、事情聴取及びその他の証拠から違反の事実がはっきりと認定できない場合には、そのまま終了してしまうわけですね。
例えば、残業している証拠(タイムカードやシフト表等)がないときに、会社が事情聴取において「そもそも残業していない。」と回答すると、証拠が不十分と判断される場合がそうです。すなわち、労働時間の管理すらしていない(タイムカード等の労働時間を証明するものがない)会社の場合、証拠不十分として言い逃れができてしまう悪しき実態があります。
次に、労働基準監督官に労基法違反の事実が判明しても、使用者が逮捕されたり、検察官に事件が送致されて起訴(刑事裁判にかけられること)されることは極めて珍しいのが実態であり、労働基準監督官が逮捕するのは、極めて悪質と評価されるような場合に限られます。このような運用になっている理由は明確ではありませんが、おそらく、労働基準監督署の人的な限界があるのではないかと思っています。労働基準監督官の数が少なくて、全ての案件に対応できる余裕がないという現実ですね。
以上から、労基法をしっかりと遵守させるには、何よりも労働基準監督官の人数を増やすのが重要だと思います。また、労基法違反の罰則を厳しい方向に改正することも必要ではないでしょうか。そうしなければ、残業代を支払わない方が得だと考える経営者を減らすことは難しいと思います。
*著者:弁護士 川浪芳聖(琥珀法律事務所。些細なことでも気兼ねなく相談できる法律事務所、相談しやすい弁護士を目指しています。)
*2014年8月19日 一部補足