■行為時を基準に決まるのが原則
行為時に適法であれば後に法改正があっても違法となったり、刑が加重されたりすることはありません。
■遡及処罰の禁止
憲法39条は「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。」と規定し、遡及処罰の禁止と呼ばれる法理を掲げています。
これは、国民の犯罪についての予測可能性を担保し、時の権力者により事後的に恣意的な処罰が行われないようにするためのものです。
例えば、現在は、適法な喫煙や飲酒がある日突然法改正によって刑罰をもって違法とされてしまって、今まで喫煙・飲酒した人は全て懲役刑だ、などとされたら困りますよね。
そこで、憲法では、行為の違法性は原則としてその行為をした時点で判断するものとし、行為時に適法だった行為は、たとえ後で法改正により違法化されても過去の行為については処罰しないこととしたのです。
さらに、行為時よりも後で刑罰が加重されたとしても、行為時に存在した法定刑の範囲内でしか処罰されることはありません。
■刑が軽くなる場合には、例外的に遡って適用される
適法だった行為の後に遡って違法化されたり、刑が加重されたりすることはありませんが、その逆はあります。
つまり、行為時に違法だった行為であっても、裁判を受けるときまでにその罪が廃止されて適法化されている場合には、犯罪となりません。
また、行為時よりも裁判の時点での法定刑が軽減されている場合には、法改正された現在の軽い法定刑が行為の時点に遡って適用されます。
要するに、後で遡って適法だったものを違法にしたり、法定刑を後で加重することはできませんが、逆に違法だった行為が後で適法化されたり、刑が軽くなった場合には、遡って適法となり、刑も軽減される、ということです。
そういう意味で、違法かどうかは、原則として行為時を基準に決まるが、適法になったり法定刑が軽くなる場合には、裁判時点の法を基準にすることになります。
■厳罰化の流れ
近年は特に飲酒運転をはじめとする自動車事故に対する刑罰(危険運転致死傷罪や自動車運転過失致死傷罪)が厳罰化される傾向にあります。
これらは遺族感情や世論の意向を踏まえての法改正ですが、いずれも刑を新設ないし加重する厳罰化であるため、法改正のきっかけとなった事件の被疑者には遡って適用できません。
遡及処罰の禁止による被疑者の予測可能性の担保と、適正な刑罰の実現のバランスはとても難しいものがあります。
*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。不貞による慰謝料請求、外国人の離婚事件、国際案件、中国法務、中小企業の法律相談、ペット訴訟等が専門。)