新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の解除で、首都圏の通勤時間には満員電車が戻りつつあります。新規感染者数は減ったものの、「根絶」していないだけに、不安を抱えながら出勤しているの人は多いのではないでしょうか。
未だに感染リスクが存在
労働者の不安は、通勤だけではありません。職場にも感染リスクはあります。他人と話すことで浴びる可能性がある飛沫や、トイレやドアノブなどの共有物による接触による感染に、恐怖心を覚えている人は多いのではないでしょうか。
接触感染についてはこまめな消毒で、飛沫感染はマスクで予防することができることはご存知のとおり。危機意識の高い会社ではフェイスシールドや不織布マスクなどを会社が用意し、着用を義務付けているところもあるようです。
対策をしない会社に不満の声も
一方で「何もしていない」「マスクの着用すら義務化していない」会社も。そんな会社に勤めている人からは、「会社がマスク着用を義務付けてくれない」「コロナに感染したら会社に責任をとってもらいたい」「マスクや消毒液は会社が用意してもらいたい」という不満の声が聞こえてきます。
社員にマスク着用を義務付けない、あるいは会社が社員のためにマスクを用意しないことについて、安全配慮義務違反などに問うことができないのか。また、会社がマスクの着用を「義務化」することに法的な問題はあるのか。詳細を琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に伺いました。
会社が社員にマスクを義務化することに問題は?
川浪弁護士:
「会社は、労働契約上、社員の就業時の服装等について一定程度指示できる業務命令権を有しています。また、会社は、社員に対して、その生命や身体等の安全を確保する安全配慮義務を負っています(労働契約法第5条)。
会社内での新型コロナウイルス蔓延防止を図ることは、まさに安全配慮義務の履行そのものであり、その方法として社員にマスク着用を義務付けることは合理的かつ相当な方法といえますから、業務命令権の行使として認められるものと考えます。その場合のマスクの確保や資金の捻出は、会社による業務命令である以上、会社がすべきでしょう」
会社を安全配慮義務違反に問うことは?
川浪弁護士:
「次に、会社が社員にマスク着用を義務付けなかった場合、不安を感じている社員が会社の安全配慮義務違反を追及できるか否かという点について、不安を感じているだけでは安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求は認められず、事実上、安全配慮義務を履行するように会社に要望できるにとどまると思います。
他方で、会社がマスク着用を社員に義務付けなかった結果、社内でコロナが蔓延し、ある社員がコロナに感染してしまった場合には、その社員は、会社に対して、安全配慮義務違反を理由とした損害賠償を請求できると考えます。
もっとも、この場合、損害賠償請求をする社員は、会社内で他の社員からコロナウイルスをうつされたことを証明しなければなりませんが、その証明は容易ではありませんので、実際に損害賠償請求が認められるかどうかは難しいところだと思います」
充分な対策を
「マスクの着用を義務付けない」というだけで、会社を訴えることは現実的ではないと言わざるを得ません。しかし、会社内でコロナウイルスが集団感染する「クラスター」が発生した場合、社員が損害賠償請求することは、法的に認められる余地もあるようです。
社員は会社の生命線。経営者は、社内で感染者をださないよう、対策を施すべきではないでしょうか。
*取材協力弁護士: 川浪芳聖(琥珀法律事務所。些細なことでも気兼ねなく相談できる法律事務所、相談しやすい弁護士を目指しています。)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)