Fさんは、転職活動時、履歴書に試用期間中で退職した会社を記載していませんでした。
その理由はネットで見たサイトに「書かなくても問題はない」と記載されていたからで、とくに悪いこととは思っていなかったそうです。
ところが採用され働き始めたある日、同僚から「A社で働いていたって本当なの?」と質問を受けます。
Fさんは「そこは試用期間で退職しました」と答えますが、これがとんでもない騒動を招くことになりました。
履歴書の未記載が発覚
この話題は同僚から総務部へと回り、Fさんは呼び出しを受けます。
そして履歴書を見せられ、「A社に勤務していたことが書かれていない」と指摘されました。
Fさんは再度「試用期間中なので」と主張しますが、「それでも書かなくてはならない」とのこと。
入社して間もないだけに、「入社取り消しもありうる」と告げられてしまいました。
試用期間中の退職履歴を履歴書に記載しなければいけないものなのでしょうか?
そして未記載で後にそれが発覚した場合、それを理由とした解雇や入社取り消しは認められるのか。
琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に見解を伺いました。
未記載は許される行為?
川浪弁護士:「履歴書の学歴・職歴・資格など(以下、まとめて「経歴」といいます。)については、事実を正確に記載しなければなりません。
履歴書が入社選考の対象となる以上、履歴書の内容を偽らないことは当然の前提とされています。
そして、勤続年数の長短や転職回数は入社選考において考慮される事情の一つですから、試用期間中の退職であってもその経歴を正確に記載する必要があります」
未記載を理由に採用取り消し可能?
川浪弁護士:「履歴書上の虚偽記載(経歴不告知)が事後的に発覚した場合、使用者が不正確な履歴書を提出した応募者・労働者(以下、まとめて「労働者」といいます)に対して不信感を抱くのは当然といえ、使用者・労働者間の信頼関係が損なわれ得るところです。
労働契約は、単発の契約(例えば,1回だけの売買契約など)とは異なり、使用者・労働者間の信頼関係を基礎とする継続的契約ですから、履歴書で経歴詐称をしていたことが後で発覚した場合には、上記の信頼関係が損なわれることで内定取り消しや解雇の理由になり得ますし、使用者から労働契約の錯誤無効、詐欺取り消しを主張される可能性もあります(なお、使用者が労働契約の錯誤無効、詐欺取り消しを主張することは珍しく、内定取り消しや解雇を主張することが多いと感じますので、以下では内定取り消し・解雇に絞って説明します)。
しかし、経歴詐称があれば直ちに内定取り消ししや解雇が認められるわけではなく、
「そのような経歴(試用期間中の退職)があるならば採用しなかった」
「採否の判断を左右する重要な経歴詐称があった」
といえる場合で、かつ、内定取り消しや解雇という選択肢をとることが相当といえる場合でなければ、内定取り消し・解雇は認められません。
例えば、前職場で横領などの犯罪行為をしたことで試用期間中に解雇されていたような場合には、重要な経歴詐称と認められやすいと考えます。
他方で、試用期間中に交通事故に遭って負傷し、やむなく前職場を退職したような場合であれば、重要な経歴詐称と認められる可能性は低いと思います。
このような退職理由に加えて、経歴詐称をした理由(意図的なのか、失念していたのか、誤解していたのか等)、経歴詐称が発覚した時期や現職場での職種・役職も内定取り消しや解雇が認められるかどうかの判断にあたって考慮される事由です。
例えば、経歴詐称が発覚した時期が採用されてから5年後であった場合、その期間中問題なく勤務していたのであれば解雇は認められにくくなりますし、前職場で横領して試用期間中に解雇されたことが入社前又は入社後すぐに発覚した場合で、その労働者の現在の担当(担当予定)職務が経理業務であるならば、内定取り消し・解雇は認められやすくなるといえます」
履歴書に法的な決まりはある?
履歴書には試用期間中を含めて正しく記載しなければいけないことがわかりました。
この履歴書ですが、様々なフォーマット存在していますが、法的になにか決まりはあるのでしょうか?
琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に見解を伺いました。
川浪弁護士:「履歴書の記載方法や内容について規律した法律はありませんが、履歴書の記載内容によっては、刑事責任や民事責任に問われる可能性があります。
例えば、特定の資格や学歴、職歴を備えている場合に限って採用している使用者に対して、応募の際に、これらの事項を詐称した履歴書を提出し、採用後に給料を受け取っていた場合には、詐欺罪(刑法246条)が成立する可能性、使用者から既に支払った給料の返還を請求される可能性があります。
この点について、医師免許を有していると履歴書に記載し、採用後に医師であると詐称して病院勤務を続け、病院から給料等を受け取っていた者に対して詐欺罪が成立すると判断した東京高裁昭和59年10月29日判決(判例時報1151号160頁参照)が参考になるでしょう。
その他、履歴書の虚偽記載の程度が大きく、履歴書に記載された人物と実際の履歴書作成者が別人と判断される場合には、私文書偽造罪(刑法159条)に問われる可能性がありますが、そのような場合はかなりのレアケースといえます。
以上のとおり、履歴書の経歴詐称は、内定取り消しや解雇の理由となるだけでなく、場合によっては民事上・刑事上の責任追及にもつながりますので、履歴書については正確な記載を心がけることが必要です」
履歴書の「ごまかし」は、不要なトラブルを招くことになります。
必ず正確に書くようにしましょう。
*取材協力弁護士: 川浪芳聖(琥珀法律事務所。些細なことでも気兼ねなく相談できる法律事務所、相談しやすい弁護士を目指しています。)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)