親子の関係は、必ずしも良好とは限りません。
昨今は、親が子を虐待し続け、別々に暮らさねばならない、などということも多々あります。
父親と関係を絶っていたBさん
30代男性のBさんも、子供時代親から虐待を受け、児童相談所に駆け込み、別々に生活をしてきました。父親不在で辛いこともあったそうですが、研鑽を続け、平穏な生活を手に入れたそうです。
父親については、やはり許せないものがあるそうで、全く会っていませんでしたが、ある日「亡くなった」という連絡を受けます。「会いたい」と言っているのは知っていましたが、面会する気はなかったとのことです。
借金の請求が
連絡から数日後、Bさんのもとに信じられない通知が。父親に800万円の借金があり、法的に息子であるBさんに支払い責任があるというのです。
会ってもおらず、むしろ恨みすらある父親の借金など払いたくない。Bさんは「こんなことが許されるのか?」と憤っているそうです。返済しなければならないのでしょうか?
あすみ法律事務所の高野倉勇樹弁護士にお聞きしました。
返済しなければならないのか?
高野倉弁護士:「支払を請求されることはあり得ます。請求に法的根拠もあります。ただし、支払を免れる方法があります。たとえ音信不通で親子としての実体がなかったとしても、法律上の親子関係は残ります。戸籍や住民票が別であっても、親子は親子です。親が亡くなれば子どもが相続人になります(民法887条1項)。
子どもは、親から不動産や預金のようなプラスの財産だけでなく借金(債務)というマイナスの財産も相続します。もし、借金を支払いたくないのであれば相続放棄(民法938条)をします。相続放棄をすると、『相続放棄をした人は、そもそも相続人ではなかった』と扱われます(民法939条)。
そもそも相続人ではないので、プラスの財産もマイナスの財産も相続しません。法的な支払義務はなくなります。なお、相続放棄には3つの注意点があります」
相続放棄の注意点①
高野倉弁護士:「第一に、手続をする期間が限られていることです。相続放棄は、自分が相続人になる相続が開始されたことを知った日から3ヶ月以内に手続きする必要があります(民法915条1項)。この期間のことを熟慮期間といいます。
この男性の場合、被相続人(亡くなった方)が亡くなったことを知ってから3ヶ月以内に、家庭裁判所で相続放棄をする必要があります。
音信不通で亡くなったことすら知らないまま3ヶ月が経ってしまった場合でも、「亡くなった」と知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所で相続放棄の手続をすればよいことになります。
ただし、自分が相続人になったことは知っていても、「どうせ財産などないだろう」と思って放置していた場合で、生前、音信不通であったなど「財産などない」と信じるのもやむを得ない事情があるときは、3ヶ月を経過した後でも相続放棄を認めた裁判例があります」
相続放棄の注意点②
高野倉弁護士:「第二に、家庭裁判所で手続をする必要がある、ということです。請求をしてきた人に対して「相続放棄しました」と返答することが「相続放棄」だと誤解している人がいます。遺産分割協議をして取り分が0だったから債務は支払わなくてよい(相続放棄した)と誤解している人もいます。
相続放棄は、家庭裁判所で「相続放棄の申述」という手続を行って、この申述が受理されて初めて、成立します。ここにいう「受理」は、単に書類を受付してもらったという意味ではありません。
相続放棄を認めるべきか裁判所が審査をして、「相続放棄の申述を受理する」という審判(裁判の一種)を行うことをいいます。ただし、審判とはいっても、裁判所に出頭を求められることはありません」
相続放棄の注意点③
高野倉弁護士:「第三に、「借金についてだけ相続放棄する」ということはできません。相続放棄をした場合、たとえプラスの財産がたくさんあったり、自宅として使っている不動産が含まれていたりしたとしても、一切相続できません。相続財産のいいとこ取りはできないのです。
もし、マイナスの財産がそれなりになるけれども、プラスの財産もありそうだという場合には、限定承認という手続をする方法もあります。
相続財産を清算してプラスが残ればそれを相続できますし、マイナスが上回ってしまったとしても、相続財産の範囲内で支払えばよいとされます。ただ、限定承認の手続はあまり使い勝手がよくないので、あまり利用されていないようです」
まとめ
高野倉弁護士:「借金の請求を拒絶するには、相続放棄をすることが最も確実で簡単な方法です。
借金ばかりでプラスの財産はなさそうという場合はもちろん、自分のことを虐待した人の財産なんてほしくないという場合にも、相続放棄がよいでしょう。相続放棄は、有給休暇の取得と同じで、理由は問われません」
相続について理解頂けたでしょうか? 期間や条件など、相続について様々な知識が必要になります。
悩みがある場合は、詳しい弁護士に相談してみましょう。
*取材協力弁護士:高野倉勇樹(あすみ法律事務所。民事、刑事幅広く取り扱っているが、中でも高齢者・障害者関連、企業法務を得意分野とする)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)