都内の会社に勤務するBさんは、ある日突然会社の上司から呼び出しを受けます。
なんのことか戸惑っていると、告げられた言葉は
「他の社員があなたから威圧的な言葉をかけられ困っている」
「パワハラ的な振る舞いを止めてほしい」
というものでした。
納得がいかないBさん
納得がいかないBさんは上司に対し
「自分の何がいけなかったのか」
「どの振る舞いがパワハラ的な扱いになったのか」
などを質問しますが、「細かいことは言えない」と教えてもらえず、「反省して態度を改めるように。できないなら辞めてもらう」と言われたとのこと。
Bさんは「改めろと言われても身に覚えがない以上できるわけがない」と考えており、パワハラ的な行為はしていないとのこと。なんとか濡れ衣を晴らしたいそうです。
身に覚えがないパワハラの疑いをかけられた場合、社員はどのようにするのが良いのでしょうか?
また、上司の措置を断ることはできないのか? エジソン法律事務所の大達一賢弁護士に見解を伺いました。
会社に従わねばならないのか?
大達弁護士:「パワハラなど、会社内でのハラスメントは社会問題になっていますが、一方で、ハラスメントとされる行為の範囲が広がったことにより、どの行為がハラスメントに当たるのかが不明確になりつつあります。
本件のように、パワハラだと言われたものの、どの行為がパワハラなのかが不明確であるにもかかわらず、謝罪を求めるなど何らかの行為を要求された場合には、それに応じる必要はあるのでしょうか。
まず、パワハラを理由とした上司からの「謝罪しろ」という指示は、懲戒処分としてされているものと考えられます。そこで、このような懲戒処分が許されるのかどうか、まず検討します。
労働契約法15条では、下記のように規定しています。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
労働契約法15条
また、ここでいう「懲戒することができる場合」とは、懲戒の種別および事由をあらかじめ就業規則に規定しておき(最判昭和54年10月30日)、その就業規則が労働者に周知されている場合をいいます(最大判昭和43年12月25日)。とすると、パワハラを理由として謝罪を要求するには、パワハラが懲戒の対象となっている旨、および懲戒処分として「謝罪を求める」ことができる旨が就業規則に規定されている必要があります」
合理的理由を欠く可能性が高い
大達弁護士:「今回、これらが就業規則に規定されていない場合には、その上司からの指示は何らの根拠もなくされていることですので、その指示は懲戒処分として無効なものであって、その指示に従う必要はありません。
また、仮にこれらが規定されていたとしても、どの行為に対して処分がなされたのか、すなわち、「どの行為が誰に対するパワハラと認定されたのか」がわからない場合には、その処分は合理的な理由を欠きます。
また、他の従業員に対してはそのような扱いをしていないのに、特定の従業員に対してだけ「とりあえず謝れ」と促すことは不平等であって、社会通念上相当と認められないと考えられるため、労働契約法15条に反するものとして、無効となる可能性があります。
なお、もし、上司からの指示が就業規則に基づく懲戒処分ではなく、事実上の行為として要求されている場合には、それに応じる必要はありません。それにもかかわらず応じるべきであり、応じない場合には何らかの害悪を加えることを示唆して求められた場合には、刑法上の強要罪(刑法223条)に該当し得る可能性もあると思われます。
また、そのように社会的に不相当な謝罪要求に応じなかったことによって何らかの処分がなされた場合には、その処分は合理性を欠くものとして無効となるとも思われます。
パワハラに敏感な時代になりつつありますが、経営者側としてはその処分について慎重な取り扱いが求められるようになったとも言えます。常に経営環境に目を配り、良好な職場環境を維持できることが大切ですね」
身に覚えがない場合は証拠を求める
パワハラは好ましくない行為であり、場合によっては懲戒処分に至ることも致し方ないと思われますが、それには合理的な理由を持ち、「確かに存在した」という証拠が存在しなければなりません。
もちろん本当にパワハラがあったのならば証拠がなくとも自己申告もしくは反省をするべきでしょうが、Bさんのように身に覚えがない場合は、「証拠」を提示するよう求めていきましょう。
*執筆・法律監修: 大達 一賢(エジソン法律事務所。第一東京弁護士会所属。「強い、やさしさ。」、「守る≒攻める」、「戦略&リーガル」の3つの思いを胸に、依頼者のために全力を尽くします)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)