司法試験の考査委員をしていた明治大学の憲法学の教授が、教え子に司法試験の問題を漏えいしたという事件が話題になっています。
教授も教え子も、漏えいの事実自体は認めているようです。過去に類題が試験前に慶応大学の法科大学院で授業に使われたことがありましたが、問題そのものが事前に漏えいされたという事態は初めてで、法曹界全体に激震が走っているといっても過言ではありません。
今回は、この件について、筆者が考えたことをお話していきたいと思います。
■現在の司法試験制度だからこそ起こった事件
最初にこのニュースを聞いたとき、自身が教鞭をとる法科大学院から合格者を少しでも多く輩出したいという想いで、問題を漏えいしたのではないかと思いました。なぜなら、法科大学院が国から補助金を得られるかどうかは、合格者の数いかんで決まっているからです。
しかし、今回問題を漏えいした相手はひとりだけとされています。漏えいした教授も、教え子の女性に対する個人的感情から教えたと話しているようです。組織ぐるみでの漏えいの可能性はないようですし、そうであれば、漏えいした側の動機は「補助金を切られないようにするため」というものではないことになるでしょう。
ただ、受験生の側からすると、「早く確実に受かりたい」という想いは切実です。法科大学院に通いながらアルバイトをするのは非常に難しいとされています。授業料も高額です。
なかなか試験に受からなければ、それだけ(両親も含め)経済的な負担が大きくなります。どんなことをしてでも早く受かりたいという想いを持つ学生がいたとしても不思議ではありません。
教える側にしても、そういう学生の状況を知れば(下心が働いているかどうかは別として)、問題を漏えいしようというモチベーションが働くこともありうるでしょう。
教授と教え子の1対1の関係で起こった事件とはいえ、私はやはり、今回の件は、現在の試験制度が生んだ事件と思えてなりません。
■二度と「漏えい」が起こらないようにするために
個人的には、漏えいの当事者を処分するだけで、事態が収束するとは思えません。「漏えい」が起きた根本的な原因は何かを詳細に検討して、対策を立てなければ、第二、第三の漏えい事件が起こると考えています。
例えば、大学教員の考査委員については、考査委員をしている期間は教鞭をとれない制度にする、受験のための過剰な経済的負担を軽減するなど、様々な改革が必要ではないでしょうか。
このような対策を立てずに、現在の制度を維持しては、司法試験制度に対する信頼はどんどん崩れていき、ひいては日本の司法制度そのものに対する信頼が失われることになりかねません。
私は、法科大学院ができる前のいわゆる「旧司法試験」を受験して合格し、弁護士になりました。一次試験というものに受かれば、大学の教養課程を卒業していなくても受験は可能でしたし、受験回数の制限もなく、極端に言えば、誰でも、自分にあったスタイルで受験ができる自由な試験制度でした。
少なくとも私は、「日本で一番自由で公正な試験を受けて弁護士になった」という誇りを持っていました。それだけに、今回の事件は、非常にショックですし、残念でなりません。
今更、元の試験制度に戻すことはできないのかもしれません。しかし、試験制度にかかわる人には、司法試験を公正で自由な試験制度に戻してほしいと声を大にして言いたいと考えています。
*著者:弁護士 寺林智栄(ともえ法律事務所。法テラス、琥珀法律事務所を経て、2014年10月22日、ともえ法律事務所を開業。安心できる日常生活を守るお手伝いをすべく、頑張ります。)