「やっていない」を証明する難しさ・・・「悪魔の証明」とは何なのか

裁判

■悪魔の証明とは?

悪魔の証明は、分野によって若干意味合いが異なりますが、一般に、法律の分野では訴訟において、「~していないこと」、「~が存在しないこと」のように、事実の不存在の立証が求められる場面を、悪魔の証明と呼ぶことがあります。

もちろん、法律上の定義がある正式な法律用語ではありません。

なぜ、悪魔の証明と呼ばれるかというと、「~していないこと」、「~が存在しないこと」の証明は、そもそも不可能に近いことが多いからです。

例として、「代々木公園にテング熱をもった蚊がいる」という事実は、代々木公園で1匹でもテング熱に罹患した蚊を捕獲すれば、立証に成功します。

しかし、「代々木公園にテング熱をもった蚊は1匹もいない」事実、あるいは「代々木公園にテング熱をもった蚊は駆除されて1匹も存在しない」事実を立証しようとすれば、(1)代々木公園にいる蚊を全て捕獲したこと、(2)捕獲した代々木公園の全ての蚊を検査したが1匹もテング熱をもっていなかったこと、を立証しなければなりません。

A「テング熱をもった蚊がいる」という存在する立証と、B「テング熱をもった蚊は1匹もいない」という事実不存在の立証では、難易度が天と地ほど異なります。

もちろん、現実の行政の判断であれば、いったんテング熱の蚊がいるとして代々木公園を閉鎖した後、代々木公園を再開する際には、「テング熱をもった蚊は1匹もいない」ということまで立証される必要はないので、ある程度捕獲調査して、テング熱の蚊が採取されなければ、公園を再公開することになるでしょう。

しかし、裁判では、厳密な立証が求められますので、時に悪魔の証明が問題となるケースがあります。

 

■痴漢事件ではどうなるのか

本題に戻って、痴漢事件では、まず検察官が被害者証言などにより「痴漢した」という存在の事実を立証するルールになっており、被告人側が「痴漢していない」という事実不存在を立証する必要はありません。

基本的に全ての犯罪要件の立証責任が検察官にあるのは、痴漢事件に限らず刑事事件全般に共通します。

しかし、検察官が、被害者証言などにより、「痴漢した」という事実の証明に一先ず成功したといえる場合には、今度は、被告人側で、「痴漢した」という立証を崩すために、反対立証として、「痴漢していないこと」の立証を試みる必要に迫られます。

これは、あくまで第一義的に検察官が「痴漢した」という立証に成功した後に防御のために、反対立証をするもので、最初から、被告人側に「痴漢していない」ことの不存在の立証責任があるわけではありません。

仮に、最初から、被告人側で「痴漢していない」ことの立証が必要だとすると、まさに悪魔の証明に成功しない限り、有罪にされるという不当な結論となりますが、反対立証としての「痴漢していない」ことの立証方法としては、物理的な状況として痴漢行為をなし得ないことや被害者証言の矛盾・不合理性を追求することが可能です。

言い換えると、「痴漢していない」ことそのものを被告人側で立証することまでは必要でなく、「痴漢した」という検察官側の立証をぐらつかせる程度に崩せれば十分です。

したがって、痴漢事件において無罪を立証するのに、必ず「痴漢していない」という悪魔の証明が必要になるわけではありません。

 

■他の犯罪ではどうなる?

他の犯罪でも、痴漢事件と同様、第一儀的には、検察官に「犯罪をした」という立証責任がありますから、被告人側で「犯罪をしていない」ことの不存在立証は不要です。

では、アリバイをなぜ主張するかというと、これも痴漢事件と同じく、例えば目撃者証言や犯行の凶器から被告人のDNAが検出されて、被告人の犯罪行為が立証された(立証されかかった)状況で、被告人の反対立証として、アリバイを主張することにより、検察側の立証を崩すためであり、ここでも被告人に最初から「犯罪をしていない」という悪魔の証明が要求されているわけではありません。

見方を変えると、被告人側で「犯罪をしていない」ことを直接立証することは悪魔の証明で不可能なので、代わりに、「同じ時間に別の場所にいた」という事実存在立証をするという発想です。

 

■民事訴訟は少し違う

全ての立証責任が検察官にある刑事事件と異なり、民事訴訟では、当事者の双方に、それぞれ法律要件ごとに立証責任が割り振られています。

この立証責任の割り振りや事実の認定では、なるべく事実の不存在ではなく、事実が存在すると主張する利益がある方に立証責任が割り振られるようになっています。

 

悪魔の証明は、ディベートなどの反論テクニックとしても知られます。日常でも、「~がないことを証明しろ」と主張された場合には、そもそも不存在の立証は悪魔の証明を求めるもので不可能であることを頭に入れておくとよいでしょう。

 

*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)

 

星野宏明
星野 宏明 ほしのひろあき 弁護士

星野・長塚・木川法律事務所

東京都港区西新橋1‐21‐8 弁護士ビル303

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