日本人が拘束された時、国に助ける「義務」はあるのか

現在、ISISの人質となっている2人の日本人の救出のために身代金を支払うか、それともテロに屈しない姿勢を貫き支払いを拒否するかという話題がニュースを賑わせています。

インターネット上では、この問題に対して「自分から海外の危険地域に行くことを決意した人を救出する必要はない」、「国に迷惑をかけるな」、「自己責任だ」という意見があり、一方で「国は国民を救う義務がある」、「テロに屈しないという政治判断より人命が優先されるべきだ」という意見もあり、様々な議論が交わされています。

そこで、そもそも国は海外で人質になっている邦人を救出する義務はあるのか、「自己責任」とはどういう意味かについて、法的に考えてみたいと思います。

シリア

●国は海外で人質になった国民を救出する義務はある?

結論から言うと、憲法を含む法律上、国が海外で人質となった国民を救出する義務はないと言わざるを得ません。

根拠となりそうなものとして、まずは憲法前文に定められている国民の平和的生存権が考えられます。しかし、判例上、平和的生存権は国民が法的措置を要求する具体的権利ではないとされているのです。

また、自衛隊法84条の3第1項は防衛大臣が生命または身体の保護を要する海外の邦人の輸送の決定をすることができると定めていますが、これができるのは「当該輸送を安全に実施することができると認めるとき」に限られるほか、規定上、防衛大臣の決定には広い裁量が認められることになってしまうでしょう。

しかも、そもそも自衛隊が「戦力」に該当し憲法9条違反であるとの意見も根強いですし、危険地域の邦人救出のためには武器携帯が必須であると言えますが、現行法では救出に際して存在する抵抗を排除するための武器使用は認められていないと考えられています。

したがって、現状では国が人質となっている海外の国民を救出する義務はないですし、強行的に救出作戦を決行することは違法とも言えます。

 

●人質となってしまったことは「自己責任」か

本来、自己責任とは、自分の行動に落ち度があったときのみその落ち度に見合った責任を負うべきであり、落ち度を超えた責任は負わないという責任の範囲を制限するための概念です。

したがって、ある法律上の義務を負っている者(A)が権利を持つ相手方(B)に対して自己責任論を主張したとしても、自分(A)の義務がなくなることはありません(過失相殺によって軽減されることはありますが)。

 

●「自己責任」で済ましてはいけない

今回のようなケースでは国が人質を救出する法的義務を負っているわけではありません。

しかし、危険地域に自ら飛び込んでいったことに落ち度があったとしても、その地域に行ったら命を失うことがほぼ確実であるとまではいえないのですから、殺害されても仕方がないとして何らの手立ても取らないというのは自己責任として甘受させるべき範囲を超えていると考えられます。

この問題は法制定・改正の是非や政治判断の妥当性という国民の審査事項ですから、「自分が決定したことでしょう」との意味での自己責任というマジックワードで片づけず、みなさんで考えることが必要でしょう。

 

*著者:弁護士 木川雅博 (星野法律事務所。通信会社法務・安全衛生部門勤務を経て、星野法律事務所に所属。破産・再生・債務整理を得意とする。趣味は料理、ランニング。)

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木川 雅博 きかわまさひろ

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