大相撲で、取組の際、力士が客席に突っ込んでいくシーンを度々目にします。
あの大きな体で客席に突っ込んできたら、観客が怪我をすることも十分に考えられます。しかし、大相撲のチケットの裏には、「怪我をしても治療費はお客さんが全額持つように」と記載されています(「免責条項」といいます)。
一方で、つい先日、大相撲の審判部が、観客に危険を及ぼすとして相手力士が土俵を割った後の「ダメ押し」をしないよう注意喚起したことがありました。
果たして、力士の転落によって怪我をした観客は、泣き寝入りしなければならないのでしょうか?
■軽い怪我は想定の範囲内
結論からいうと、「通常想定されるような軽症の場合には、怪我をした観客は治療費を自分で持たなければならないが、その範囲を超える場合には、力士や相撲協会に治療費を請求できる」と考えられます。
大相撲は、土俵と観客席の間に、柵もなければ、特段のスペースも設けられていません。土俵のすぐそばまで観客席が設けられています。
土俵そばの座席に座った観客は、このような状況を理解したうえで席を購入しています。つまり、取組の際、力士が転落した結果、すり傷や軽い打撲程度の怪我を負うことは了解の上で、「危険のある座席」に座っているといえます。
チケットの免責条項は、このような軽い怪我の範囲で有効であり、怪我をした観客は治療費を自分で支払わなければなりません。
■重い怪我や「ダメ押し」の場合
一方、いくらわざとではないとはいえ、力士が転落した結果、骨折などの重傷を観客に負わせた場合には、いくら免責条項があったとしても、観客に治療費を持たせるのは不合理です。
このような事故が発生した場合には、そもそも、会場設営自体(土俵と客席の間の距離など)に問題があったと考える余地があります。実際に、この点に問題があったとなると、相撲協会が責任を負い、治療費を負担させられる可能性があります。ただ、力士に責任を負わせるのは難しいでしょう。
「ダメ押し」の場合には、「ダメ押し」をした力士と相撲協会の双方が責任を負い、治療費を負担させられる可能性があります。
「ダメ押し」は勝負が決まった後に、そうとわかっていながら、不必要に相手力士を攻撃するものです。相手力士は土俵を割っているのですから、客席まで相手力士が飛んで行きかねないと、予測できるはずです。
そうであるにもかかわらず、「ダメ押し」をした結果、相手力士の転落によって観客が怪我をした場合、その力士には、「過失」があったといえます。ですから、責任を負わなければならないのです。
また、力士は相撲協会の指揮監督を受ける関係にありますので、相撲協会には使用者責任(民法715条)を根拠にして責任が課され、治療費を負担すべきこととなります。
「ダメ押し」に対する注意喚起は、観客への配慮であったと同時に、力士や相撲協会の責任を力士たちに自覚させるものであったといえるでしょう。
*著者:弁護士 寺林智栄(琥珀法律事務所。2007年弁護士登録。法テラスのスタッフ弁護士を経て、2013年4月より、琥珀法律事務所にて執務。)