遠足に使うバスの手配を忘れた旅行会社の社員が、遠足を中止にさせるために生徒を装って自殺予告の手紙を学校に送っていた事が発覚したというニュースが話題になっています。
自殺予告もむなしく、予定通り遠足は決行されたため、途中でバスが手配されていないことが発覚し遠足は延期となったということです。
旅行会社はこの社員の処分を考えているということですが、この行為自体は何かの罪に問われる可能性はあるのでしょうか?
■偽計業務妨害罪(刑法233条)又は威力業務妨害罪(刑法234条)の成立が問題となりうる。
今回のこの事件については、業務妨害罪の成否が問題になると考えられます。
業務妨害罪の「業務」とは、一般に、広く職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務や事業の総称とされ、ただ、「強制力を伴う権力的公務」(例えば、警察官の警備活動や捜査活動など)は、「業務」の中から除外されると考えられています。このような権力的公務は、これからお話しする「偽計」や「威力」を容易に排除することが可能だからです。
今回の件で対象となるのは、遠足行事というよりは、広く学校の事務や業務全般であり、問題なく「業務」に該当すると考えられます。
そして、「偽計」とは詐欺罪(刑法246条)の「人を欺く」よりは広い概念であり、裁判例において明確に定義されたものは見当たらないのですが、さしあたり、広く、他人の判断を誤らせるような働きかけを行う場合を指すと考えてもらえればよいのではないでしょうか。
例えば、、駅弁業者の駅弁が不衛生であるなどと虚偽の内容のはがきを鉄道局に送付したケースや、ラーメン店に多数回の無言電話をかけたケースなどで偽計業務妨害罪が成立するとされた裁判例があります。
これに対し、「威力」とは、人の自由意思を制圧するに足る勢力と裁判上は定義されており、暴行・脅迫よりも広い概念です。具体的には、会社で他の社員の机の引き出しに猫の死骸を入れていたケースやデパートの食堂の配膳部にシマヘビをまき散らしたケースで、威力業務妨害罪の成立が認められました。
実際には、偽計と業務は区別がしにくいと言われています。本件については、一部で威力業務妨害罪に該当すると報じられているようですが、個人的には、先にあげた裁判例と比較すると、人の意思を制圧する行為ではないように思われるので、偽計業務妨害罪の問題としてとらえるべきではないかと考えます。
■実際に偽計妨害罪あるいは威力業務妨害罪は成立するのか。
では、今回のケースでは、実際に偽計あるいは威力業務妨害罪は成立するのでしょうか。
業務妨害罪が成立すためには、偽計や威力を用いたことにより、実際に業務が妨害されたことまでは必要ではありません。「業務を妨害するに足りる行為」が行われればよいのです。
そこで、自殺予告の手紙の送付が「業務を妨害するに足りる行為」に該当するかが問題となります。
個人的には、「遠足が実施されれば自殺する」などという稚拙な予告は、明らかにいたずら目的など真剣な自殺予告とはいえないと分かりそうなので、該当しないようにも思えるのですが、「業務を妨害する行為」は広くとらえられる傾向にあり、また、実際、該当しそうな生徒の有無などを学校側が調査することがあり得るので、検察や裁判所が該当性ありと判断する可能性は十分にあります。
もし、威力ないし偽計業務妨害罪が成立すると、1か月以上3年以下の懲役か1万円以上50万円以下の罰金に処される可能性があります。自殺予告をした社員が初犯であれば、場合によっては不起訴になることもあり得ますし、処罰されるにしても懲役刑より軽い罰金刑が科される可能性が高いでしょう。
*著者:弁護士 寺林智栄(琥珀法律事務所。2007年弁護士登録。法テラスのスタッフ弁護士を経て、2013年4月より、琥珀法律事務所にて執務。)