米Google、Apple、Adobeら7社が互いの社員の引き抜きを禁止する「非勧誘協定」が2005年から2007年に結ばれたとされていますが、最近、「非勧誘協定」はMicrosoftなども含まれる大規模なものであったことが判明したとの追加報道もなされています。
このニュースについて、まず簡単にこれまでの経緯をまとめてみましょう。
■米IT企業の「引き抜き防止契約」に関する経緯
2010年、「非勧誘協定」がIT業界内に広まっていることを受けて、米司法省は反トラスト法(独禁法)違反の疑いで調査を行い、Google、Apple、Adobe、Intel、Intuit、Pixar Animation Studiosの6社を提訴しました。6社は2010年9月24日、今後は非勧誘協定を結ばないことを約束して司法省と和解しました。
その後、従業員らが、2011年に「各社が共謀して従業員を引き抜かないよう約束して競争を避けたために、従業員の給与が低く抑えられてきた」と主張して損害賠償を求めました。以後、米国では集団訴訟を認めるか否かといった審理が続いており、その過程で、Appleの故スティーブ・ジョブズ氏が他社のCEOらにAppleのエンジニアを雇い入れないよう求めた電子メールが証拠として提出されるなどして、「非勧誘」にとどまらず、雇用自体を制限していたことが指摘されました。
そして、このたび、Googleの社内メモなどから、更に多数の大規模IT企業(Microsoftなど)との間で制限付き雇用リストが作成され、また、大規模IT企業(Apple、IBMなど)との間で勧誘電話禁止リストが作成されていたことが判明したというのです。
■日本の法律ではどうなる?
日本の独占禁止法は「事業者は・・・不当な取引制限をしてはならない。」と規定し、カルテルを禁止しています。カルテルは、複数の事業者が一定の取引分野での競争を回避するために取り決めや申し合わせをして互いの行動を調整する行為全般をいいます。企業が従業員の賃金の最高額を決めたり、従業員の獲得に関して制限をすることも企業間の競争を回避するための行為と考えられています。
したがって、仮に、日本の大手IT企業間で報道と同様の「引き抜き防止契約」がなされたとすれば、独占禁止法の適用が検討されることになると思われます。
同様の問題として、かねてよりプロ野球のドラフト制度は独占禁止法違反ではないかと言われてきましたが、一方で、正当な目的があり公共の利益に反しないという意見もあります。いずれにしろ、現状では、それらについて出された公正取引委員会や裁判所の判断はみあたりません。
■賃金の差額はもらえるか?
企業間の「引き抜き防止契約」が独占禁止法違反に該当する場合、その結果、賃金が抑えられてきたと主張して賃金の差額を請求することが認められるか否かという点についてはどうでしょうか。
この点、独占禁止法に、不当な取引制限をした事業者は被害者に対して損害賠償の責任があるという規定があり、また、民法の一般的な不法行為としても被害者は損害賠償の請求ができると考えられているため、請求はできます。
問題は損害額で、本来の賃金と現実の賃金の差額が損害となりますので、労働者は、そのカルテルが行われなかった場合の本来あるべき賃金を立証しなければなりません。
価格カルテル(互いに調整して価格を維持したり引き上げたりする行為)の事案で、カルテル実行直前の小売価格が本来のあるべき価格と推認できるとした判例がありますが、今回の問題のような場合には、本来上昇するはずの賃金が上昇しなかったということになりますから、判例のような考え方は採用できません。
ただし、民事訴訟法248条に、損害の性質上、損害額の立証が極めて困難な事案について裁判所が相当の損害額を認定することができると規定されており、入札談合に関する事件でその規定を適用して損害賠償請求を認めた裁判例が相当数あることから、カルテルにより賃金が抑制されたと主張する労働者は、民事訴訟法248条による損害の認定を求めることが可能と思われます。
今回は、独禁法やカルテルといった身近な話題からは少し遠い話をしましたが、日本でもかつての終身雇用制度が崩れたと言われる現在、米国の問題は対岸の火事とは言い切れません。もしも、あなたの会社が引き抜き防止契約を結んでいるとしたら、どうなさいますか。
*参考:Apple・Googleらの結んでいた秘密協定はさらに大規模であると暴露される – GIGAZINE
*画像:ウィキメディアより