日本では導入されていない「善きサマリア人の法」とはどんな法律なのか?

■善きサマリア人の法とは?

英米法体系の国おいて、災難や急病により窮地となっている患者を救うため、無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実な行動をとっていれば、たとえ結果として失敗してもその結果につき責任を問われないという趣旨の内容の法律です。

具体的には、不法行為の成立を判断する際の責任軽減事由として規定されています。

実は、日本の法体系が属する大陸法(ドイツ・フランス)においては、「善きサマリア人の法」が想定する事態は、元々民法の中に規定(規律)があります。

そのため、日本では、独立した法律としての善きサマリア人の法は現在存在しません。

 

■日本民法の事務管理とは

あまり一般にはなじみがなく、知られていない制度ですが、日本民法には事務管理という制度があります。

簡単にいうと、通りすがりの人が急病人を救助した場合のように、何ら義務がないのにお節介を焼いて他人のための行動(事務)をした場合を事務管理として規定し、管理者(お節介した人)と本人(助けられる人)の間の法律関係を定めたものです。

例えば、管理者には、最も本人の利益に適合するよう行動する義務がある他、基本的には本人自身が対応できるようになるまで、管理を継続する義務があります。

他方、管理者は、本人のために有益な費用を支出した場合(治療費支出等)、本人に償還を請求できます。

また、本人の身体に対する危害を免れるために事務管理をした場合(通りすがりの救助)、悪意または重過失がない限り、結果として救助が失敗しても不法行為責任が免除されます。

この救助に失敗した場合の責任を悪意重過失に限定した日本民法の緊急事務管理の規定が、英米法における善きサマリア人の法に相当します。

 

■居合わせた医師の救助はどうなる?

では居合わせた医師が善意で救急医療を施して結果的に失敗した場合はどうでしょうか。

通りすがりの素人の救助であれば、事務管理の規定により、不法行為責任が悪意重過失に限定されますが、医師法19条の医師の応召義務の存在から、ドクターコールで呼ばれた医師による救助行為は、「義務なく」という事務管理の要件を満たさず、緊急事務管理の際の責任限定規定も適用されないという見解もあるようです。

この点を明確に示した最高裁判例はないようですが、事務管理が居合わせた医師にも適用されるとの立場を採用すれば、日本民法の下でも、善きサマリア人の法と同様の結論となります。

事務管理は、例えば、他人が海外(ハワイ)に所有している別荘に雨漏りがあるのを発見した別荘隣人が、家具が濡れたり、建物が傷むのを防止するために、日本に戻っていて不在の所有者のために善意で(義務なく)修繕したようなケースにも適用されます(隣人は所有者に修繕費用を請求できます)。

実務上、あまり適用されることがない事務管理の規定ですが、ニッチな事態が起こったときの解決のルールを定めたもので、他人のための善意の活動が委縮しないよう円滑な社会生活を維持することを目的としています。

 

近年ではこの「善きサマリア人の法」を日本でも立法化する必要があるのでは?と議論されているようですが、訴訟のことを気にすることなく善意で傷病者の救護が促進されるような国になると良いですね。

 

*著者:弁護士 星野宏明(星野法律事務所。顧問法務、不動産、太陽光自然エネルギー、中 国法務、農業、不貞による慰謝料、外国人の離婚事件等が専門。)

星野宏明
星野 宏明 ほしのひろあき

星野・長塚・木川法律事務所

東京都港区西新橋1‐21‐8 弁護士ビル303

コメント

コメント