ブラック臭の強い「辞めさせてくれない」を徹底検証

ここ最近、ブラック企業関連の話題が事欠きません。大賞が発表されたり書籍が出版されたりしており、また昨年行われた厚生労働省の調査では多くの企業・事業所(全体の8割)で労働基準関係法令の違反があったことが分かりました。

ブラック企業の定義や実態は色々あると思いますが、「辞めたくても辞めさせてくれない」労働トラブルが多く存在することも問題のひとつです。

昨年末にNPO法人労働相談センターなどへ寄せられた相談事例が報告されました。その中からいくつか抜粋し、雇用側に違法性があるかどうか、損害賠償請求等が可能かどうかを検証してみたいと思います。

ブラック企業

■1:母の具合が悪く…

母の具合が悪く介護のためどうしても退職せざるを得ない。店長に退職を申し入れたが「従業員みんなの前で辞める理由を話し、みんなの許可を得ないと辞めさせない」と言われ、みんなの前で話したが、納得してくれない。

これは明らかに違法でしょう。

本来、労働者による一方的な解約である辞職は、原則自由とされています。そうでなければ、奴隷的拘束になりかねません(憲法18条は、私人間にも直接適用されるとされています)。

従って、そもそも辞める理由を従業員みんなの前で話をさせること自体を条件に付けることはもちろん、みんなの許可を条件とすることは、辞職の自由を制限するものであり明らかに違法です。

雇用側は、辞職を制限したことによる精神的損害を労働者に与えたとすれば、それは慰謝料請求の対象となります。

■2:退職届は3ヶ月前に提出!?

会社の規定では、「退職届は3ヶ月前に提出」となっているが、本当にこれを守らないといけないのか。

これも明らかに違法でしょう。

期限の定めのない労働者、あるいは、期限の定めのある労働者で契約期間の初日から1年を経過した労働者の場合には、辞職自由の原則があてはまり、民法によれば、原則として2週間前の予告(退職の意思表示)をすれば、その意思表示が会社に伝わってから2週間経過後に法的には退職の扱いになります。

問題は、民法で定められた2週間という期間を就業規則や労働契約で延ばすことができるか、ということになります。

判例の中には、延ばすことはできないとしたものがあります(髙野メリヤス事件・東京地判昭和51.10.29労判264号)。先の民法の規定(627条)は、労働者の不利益に変更することができない強行規定(私人の合意によっても変更できない規定)と考えられているからです。

■3:社会保険も入れてくれない…

温泉施設。給与の明細書もない。社会保険も入れてくれない。転職をしたいが、退職をほのめかすとパワハラが始まる。

これも明らかに違法です。

使用者には、労働者を社会保険、雇用保険の加入手続を取る義務があります。これは、労働者が加入手続をしないことに同意していたとしても、義務を免れないとされています。

なお、雇用保険や社会保険(健康保険・厚生年金)に加入している場合には、それぞれの法律(労働保険徴収法31条1項、健康保険法167条3項、厚生年金法84条3項)に基づいて「保険料の控除に関する計算書を作成し通知しなければならない」ことから、これを給料明細に記入して労働者に渡さなければなりません。

給料明細を渡さないと言うことは、社会保険に入っていないことを隠蔽する目的もあるものと考えられます。労働基準監督署へ行って、その事実を訴えるのがもっとも近道であると考えます。

もちろん、使用者が加入手続を取らないことによって被った損害は、損害賠償請求の対象になることは判例も認めています。

退職をほのめかすとパワハラが始まる点については、一つは辞職自由の制限、もう一つは、パワハラそのものが労働者に対する不法行為そのものに当たります。いずれも被った損害については、損害賠償請求の対象となります。

 ■4:強行に通信大学へ入学

高校卒業して入った会社の社長から、強行に「通信大学」へ入学(授業料は会社負担)させられたが「8年間は会社を辞めない。辞めた時は授業料を負担する」と誓約書を取らされた。

これもこの事例においては明らかに違法です。

これは、言ってみれば労働者に餌を与えて、その代わりに身柄を拘束するようなものであります。身柄の拘束の仕方が、授業料相当額の負担という金銭的負担であり、それなりに高額になりますので、労働者に対する経済的な拘束になりかねないからです。

労働基準法は、違約金の定めや損害賠償を予定する契約をすることを禁止しており(16条)、これに当たらないかが問題になります。

この法律の趣旨が、労働者の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要しない、というものである以上、この趣旨に反するかどうかによって判断されることになります。

この事例では、「強行」に入学させられたとありますので、労働者の自由意思ではないということができ、辞めた時の授業料負担は、明らかに労働者に対する経済的な拘束といえるでしょう。従ってこのような誓約書は無効ですから、自由に辞めることができるわけです。

以上、相談事例のなかから明らかに違法なものを紹介してみました。

労働法や労働に関わる民法の規定は、労働者に有利なようにできています。使用者が無理難題を押しつけてきた場合、果たしてその言い分は労働者に対する一方的な不利益ではないか、と一度考えてみてください。

大抵の場合はそうではありませんので、その時には弁護士などに相談してみると活路が見いだせるのではないかと思います。

小野智彦
小野 智彦 おのともひこ

大本総合法律事務所

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